京都の伝統的木造建築における木材の使用状況の実態調査として、京都府与謝郡伊根町の伊根浦の、伝統的な民家主屋の実測調査・写真撮影を行った。その結果、以下の所見が得られた。実測調査の結果、伊根浦の民家主屋は、戦前から戦後間もない頃まで、近世以来の「丹後型」民家の特徴を伝えていたことがわかった。「丹後型」ではあるが、純漁村のため土間が狭い点や、地形条件に起因する宅地の制約から、瓦葺への変更後も登り梁で屋根裏を確保する点などの特色も有していた。また、外観調査から、厨子二階の拡張の変遷を辿ることができるなど、伝統的な民家に見られた景観要素が、少なくない程度で遺ることもわかった。 伊根浦の民家主屋に使用されている木材は、杉が主体で、大黒柱には欅、梁には松が用いられていた。また、かつて草葺き屋根が一般的であったが、伊根浦では麻を下地に、笹で葺いたものを「カヤ葺き」と呼んでいたのが特徴的であった。一般的に「カヤ葺き」で想起される葺き材である薄を使った場合は、「シノ葺き」と呼んでいたのも、地域的な特色である。 これらの用材の産出もととして、杉は近接する筒川地区からのものと思われる。筒川は、中世以来、杉を産出する地域として、宮津市まで流通していたことが確認されている。杉の搬出には木馬(きんま)を用いたとのことなので、他の欅と松も、伊根浦周辺から調達されたものと思われる。欅は山間地域の奥地区に、松は筒川と海岸にも自生していた。また、明治25年以降は、杉・檜・松の植林が筒川で開始されており、地場の建設にも供されたと思われる。屋根材の笹や薄も、周辺の里山から調達していたとのことである。 伊根浦に特徴的な舟屋の調査も行った。舟屋の用材は軸部に椎と栗、梁に松が使われていた。伊根浦の植生として、海岸地帯は殆ど椎と松である。栗は奥地域から得ることができる。用材として珍しい椎は、割れやすいが水湿に強く、木肌は荒いが堅いという特徴があり、水際に建つ舟屋には適した材である。樹皮は漁具の染料にも用いられた。すなわち、伊根浦特有の舟屋は、すべて現地に一般的な木材であり、その特徴を知り、適切に用いていることである。まさに環境と一体になった建築が営まれていたことがわかった。 上述の調査と平行して、京都の災害史年表の作成を継続している。災害時の建築用材の動向を知ることで、平常状態の建築材料の動きを推測することができると考えたからである。現在、16世紀中期から初めて、16世紀後期までまとめることができている。
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