竹中工務店歴史資料展示室において、『社報』等の社内向け逐次刊行物等の資料について通覧し、同社が関わった宝塚新温泉関連の物件の担当者や、彼らのその他の担当物件、経歴などについて知ることが出来た。そのほか、宝塚少女歌劇団の機関誌『歌劇』をはじめとする、新温泉関連の資料の渉猟を昨年度に引き続き行った。 これら資料を用いて、現存する旧宝塚音楽学校(建設当初は宝塚公会堂)についての建設経緯やそのデザインについて論稿を纏めた。ここでは、宝塚新温泉と竹中工務店の関連や、当該建物のデザインの特徴と竹中設計部におけるデザイン手法の関連を考察した。また、この建物は、宝塚新温泉の提唱するモダンな暮らしを享受する有閑子女の社交施設の拠点として、新温泉内部に用意されたものであった。そして、当時は、遊園地で主要な娯楽であった少女歌劇のファンが集うためのスペースとしてこうした施設が建設される需要が高いことが背景にあったこと、また、当時の小林一三が学園のような遊園地を目指しており、この方針の一環で建設された可能性の高いこと等を指摘した。 宝塚新温泉の類縁施設として、岩手県花巻、ならびに大分県別府その他に開設された複数の遊園地や娯楽を主体とした温泉場についての資料を収集することができた。花巻では、花巻温泉それ自体が遊園地として開発されたもので、現在も同じ会社の経営になる。また、別府は、ケーブル遊園地、鶴見園、浜脇高等温泉など、宝塚に倣ったモダンな娯楽施設が複数存在した先進地であった。資料の収集は未だ充分といえないが、概観する限り、こうした諸施設は、宝塚を模倣している一方、宝塚が否定した要素も積極的に活用しており、質の異なる側面を持つ施設であった様子がうかがうことができた。
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