研究概要 |
蚕は短期間に大量の絹タンパク質を合成することから効率的な生体内タンパク質合成(翻訳)系を保有すると考えられ、この性質が翻訳反応の中核を担うリボソームの性質に強く依存すると推測される。事実、翻訳の速度に直結する翻訳伸長因子依存GTP加水分解反応に関連するGTPaseドメインにおいて、全生物にて普遍的に保存された塩基が蚕において変化していることが明らかとなっている(U1094CとA1098G:大腸菌の塩基番号に従う)。この塩基置換が蚕の効率的翻訳能を導く一要因であると考え、蚕GTPaseドメインに特異的に結合する新規因子を蚕細胞上清より探索した。 5齢5日目の家蚕から摘出した後部絹糸腺の細胞抽出液を材料とし、蚕GTPaseドメインを含む32P標識RNA断片を用いたゲルシフトアッセイより結合因子を探索した。比較対象としてラットGTPaseドメインを用いた。その結果、絹糸腺細胞抽出液の200,000×g上清(S200画分)に蚕特異的に結合する成分の存在が確認された。S200画分を硫安分画、DEAEカラムクロマトグラフィーおよびDEAE-5PWを用いたHPLCより分画したところ、分子量約50kDaのタンパク質が新規結合因子であると推測された。結合様式は不明であるが、蚕の特異的塩基配列もしくはそれに起因するRNA高次構造を認識していると考えられる。また、このタンパク質はリン酸化修飾が施されていることが明らかとなり、GTPaseドメインへの結合を介して翻訳の制御に関連している可能性が示唆された。蚕の翻訳機能に及ぼす50kDaタンパク質の影響が明確化された暁には、蚕の効率的タンパク質合成能を分子レベルで解き明かす糸口となり、蚕を利用した高効率型新規タンパク質合成系の構築をふまえた応用化が可能になると思われる。
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