小笠原諸島では移入生物による生態系の攪乱が深刻化している。それと同時に在来生物の絶滅が進行している。この中でも移入生物のグリーンアノールとセイヨウミツバチは小笠原の生態系に重大な影響を与えたといって良い。まず、グリーンアノールは父島と母島に生育しており、両島ではほぼ固有性の高い昆虫相はグリーンアノールによって壊滅したと言われている。一方で、セイヨウミツバチは戦後養蜂業のために持ち込まれ、固有ハナバチ類と競合関係にあると言われている。現在では固有ハナバチ類がグリーンアノールによってほぼ絶滅した父島や母島ではセイヨウミツバチが固有樹木の送粉を行っている可能性が高い。そこで、本研究では移入生物によって攪乱されている父島、母島と、固有昆虫相が残っている属島の両地域に分布する固有樹木ノヤシを研究対象に取り上げ、両地域間の送粉パターンの比較を行うことにより、移入種による生態系攪乱が固有種の送粉パターンに与える影響について明らかにする。 昨年度までに母島においてはほぼ全成木のマッピングを終了し、研究の体制を整えていたが向島では不十分であった。そこで設定したプロットを拡張し、向島での研究体制を整えた。母島のほぼ全個体および向島のプロット内個体から葉サンプルを採取し、DNAを抽出した。また、昨年度までに開発を終えた10個のマイクロサテライトマーカーを用いて、これらのサンプル個体のマイクロサテライト遺伝子座の遺伝子型を決定した。その結果、マーカーの多型の量を示す統計量の一つであるヘテロ接合度は0.3から0.8の間であり、おおむね十分な多型性が得られた。ノヤシは戦中食料として乱伐され個体数が激減したとされるが遺伝的多様性のレベルは高く、また集団サイズ減少等により近交が起こったことの証拠とされる近交係数は、おおむねランダム交配を維持しているとされる数値を示しており、戦中の乱伐が遺伝的多様性に与えた影響は大きくはなかったと考えられた。さらに集団間の分化をみると、向島と母島の集団間に遺伝的分化が見られた。また、母島内の低標高地に隔離された集団が一つあり、この集団の母島からの遺伝的分化の程度は非常に大きく、この分化の程度は向島と母島間の遺伝的分化の程度よりも大きかった。この集団では長い間他の集団との隔離が持続していると考えられる。これらの遺伝的分化の程度から、送粉者による送粉効率は高くないと考えられた。
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