本研究では、社会性昆虫であるクロオオアリの脳をモデルに、社会適応の脳基盤をニューロン-グリア回路網の観点から理解することを目的としている。初年度(平成16年度)は研究材料の細胞学的、解剖学的、発生生物学的な研究基盤を確立した。研究成果の一部は、本年度に学会発表および論文発表により公表した。 課題2年目にあたる本年度は、(1)クロオオアリの成虫脳におけるグリア細胞の特異的マーカーの作出と、(2)ハイドロキシウレア処理によるグリア形成が不完全な脳を持つクロオオアリ個体の誘導と巣仲間学習への影響の解析を目標に研究を進めてきた。(1)については、昨年度に明らかにしたグリア分化に必須の転写因子reversed polarity(repo)の遺伝子情報をもとに、グリア細胞を特異的に認識する抗体の作成をおこなった。生化学的な解析によって、この抗体がRepoタンパク質を特異的に認識することを証明した。また同抗体を用いた免疫組織化学的な解析から、クロオオアリの蛹期の脳において、グリア細胞の核およびグリア細胞の前駆細胞であるニューロブラストの細胞質に、Repoタンパクの分布を認めた。グリアの分化段階の違いによってRepoタンパク質の分布が変化するこの現象は「社会脳形成におけるニューロン・グリアの分化スイッチ」という観点から興味深いため、来年度はこの点についても詳細な検討をおこなう。(2)について、現状のハイドロキシウレア処理条件ではショウジョウバエで報告されているような脳形態の重篤な影響は認められず、巣仲間学習への有意な影響も認められなかった。ヒドロキシウレアを処理する時期と処理方法のさらなる検討が必要である。
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