蛍光ヌクレオチド1分子観察によって明らかになった軸糸ダイニンへのヌクレオチド安定結合について、今年度は安定結合の生理的意義を明らかにするため、以下のような実験を行った。 ガラス上に固定した外腕ダイニンによって動かされる微小管の運動解析から、ADPの安定結合が1mM ATP存在下での運動速度を活性化することを昨年示した。また外腕ダイニンは蛍光ATPを加水分解するにも関わらず、蛍光ATPによる運動を引き起こさなかった。もしADP安定結合だけによって外腕ダイニンの運動性が活性化されるならば、ADPプレインキュベートによって活性化された後ならば、蛍光ATPによる運動が観察されると予想される。これを検証するため、外腕ダイニンの運動性をADPプレインキュベート後に調べたが、プレインキュベートしない場合と同様に、蛍光ATPによる運動は観察されなかった。ところが、加水分解されないATPアナログであるAMPPNPをプレインキュベートすると、蛍光ATPによる運動が観察された。同様の結果は、ATPアナログとしてCaged ATPなどを用いた場合にも観察された。これらの結果は、外腕ダイニンの運動活性には、ATP加水分解とADP安定結合だけでなく、加水分解を伴わないATP結合が運動活性化因子として必要であることを示唆する。 さらには、外腕ダイニンだけでなく、内腕ダイニンも含んだエラスターゼ処理軸糸の滑り運動においても、AMPPNPプレインキュベート後に蛍光ATPによる運動が観察された。この実験系はダイニンの周期的配列や制御タンパクの存在など生体内での環境を反映していると考えられるため、ヌクレオチド安定結合によるダイニンの運動制御は、べん毛運動全体の運動制御を考える上でも、重要な素過程であると考えられる。
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