本プロジェクトにおける本年度の研究では、細胞内ダイナミクスのゆらぎによる状態遷移に注目し、計算機シミュレーションを用いた理論研究と実験研究の双方から研究を行った。 理論研究においては、細胞内の化学反応のダイナミクスを、決定論的な部分(反応による生成・消費の項と体積変化による希釈項)と確率論的な部分(分子の少数性に起因するゆらぎの項)に分けて考え、その両者の大きさの比が細胞状態に応じて変化することを考慮に入れた細胞状態の遷移モデルを構築した。この両者のバランスにより、細胞状態は遷移が容易な方向とそうでない方向が生まれ、結果として細胞増殖が最大になる状態に自発的に落ち着くことが計算機実験によって見出された。これらの知見から、細胞状態の遷移に関する新規な制御メカニズムを提案し、現在、論文の準備中である。 また実験研究においては、大阪大学の清水浩・四方哲也両氏の協力の下で、他の要素の制御下にないプロモータ(tetプロモータ)下流のグルタミン合成酵素の発現変化についての研究を行った。この系においては、培地中のグルタミン酸とグルタミンの濃度を変化させることにより、グルタミン合成酵素の必要性を変化させることができる。そのような変化に応じたグルタミン合成酵素の量を蛍光タンパクを用いて定量したところ、その酵素の必要性が増加した場合には、実際の発現量も増加し、また必要性が減少した場合には発現量が減少することが見出された。このことは、tetプロモータのように細胞内の他の要素からの制御を受けないプロモータに駆動される遺伝子においても、その必要性に応じた制御がなされる可能性を示唆している。この知見と上記の理論研究から、細胞内の反応ネットワークにおける制御について、これまでに主張されてきた機械的なon/off制御とは異なる、ゆらぎによる適切な状態選択の機構が提案された。
|