本プロジェクトにおける本年度の研究では、細胞内ダイナミクスのゆらぎによる状態遷移に注目し、計算機シミュレーションを用いた理論研究と実験研究の双方から研究を行った。 理論研究においては、細胞内の化学反応のダイナミクスを、決定論的な部分(反応による生成・消費の項と体積変化による希釈項)と確率論的な部分(分子の少数性に起因するゆらぎの項)に分けて考え、その両者の大きさの比が細胞状態に応じて変化することを考慮に入れた細胞状態の遷移モデルを構築し、その性質を詳細に調べた。このモデルにおいては、ゆらぎの効果と決定論的な反応のダイナミクスの兼ね合いから、増殖速度が高い状態へはゆらぎによる状態遷移が容易に起こり、その逆は起こり難いといった性質が出現する。この過程を調べることによって、どのようにして細胞はさまざまな環境に適応できるか、またどのようにしてシグナル伝達系のような精巧な分子ネットワークが進化の過程において出現し得るかについて、新たな理解をもたらすと期待される。この研究の結果については、論文を執筆中である。 実験研究においては、アミノ酸合成経路全ての遺伝子について、その遺伝子のプロモータ下流にGFPを結合させたプラスミドを構築し大腸菌に導入することによって、その遺伝子の発現量とゆらぎを網羅的に測定できる系を構築した。ここで、アミノ酸合成経路に注目した理由は、制御のネットワークが比較的既知であることと、また環境を変化させることによって経路上の遺伝子発現を変化させることが可能だからである。この系を使うことによって、細胞に環境変化を与えたときにどのように遺伝子制御ネットワークが応答し、そのとき発現量のゆらぎと変化にどのような一般則が存在するかを検証することが可能となる。今後は、この系を用いて、細胞内ダイナミクスにおける制御機構の性質を理解することを目指す。
|