アラキドン酸(20:4n-6)を多く含む油脂を蓄積する糸状菌Mortierella alpina 1S-4の宿主・ベクター系を開発した。本菌は、糸状菌の形質転換系で通常用い.られる薬剤に耐性が強いこと、細胞壁溶菌酵素で効率的な菌糸のプロトプラスト化が困難であることなどが問題であった。そこで、宿主としては、M.alpina 1S-4を化学的変異剤処理して得たウラシル要求株(ura5株)を用い、マーカー遺伝子としてはそれを相補するorotate phosphoribosyl transferase遺伝子(ura5)をM.alpina 1S-4から単離し、それを組み込んだ発現ベクター(pDura5)を構築した。最終的に、パーティクルガン法によりura5株の胞子にpDura5を導入する形質転換系を確立した。続いて、この系を改良しura5の発現と同時に標的遺伝子を発現させる系を構築した。すなわち、標的遺伝子をプロモーターとターミネーターの間に挿入したカセットをpDura5に組み込み標的遺伝子発現ベクターを構築した。まず、ターゲットしてGFP(蛍光タンパク質)を選択し、常法に従い得られた形質転換体の胞子を蛍光顕微鏡で観察したところ、GFPの励起波長で強い蛍光を示したことから標的遺伝子の発現が実証された。次に、アラキドン酸生合成の律速段階と考えられている脂肪酸鎖長延長酵素(GLELO)をコードする遺伝子の過剰発現を試みた。GLELOはγ-リノレン酸(18:3n-6)をジホモ-γ-リノレン酸(20:3n-6)へ変換する鍵酵素である。常法に従い得られた形質転換体を、GY培地(2%グルコース、1%酵母エキス、pH6.0)にて28℃、10日間振とう培養し、菌体の脂肪酸組成分析を行った。その結果、宿主株では全脂肪酸に占めるγ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸の割合が、それぞれ5.6%、5.9%、18.1%であるのに対して、形質転換体では3.8%、6.2%、25.6%であった。このことから、形質転換体ではγ-リノレン酸が効率よくジホモ-γ-リノレン酸へ変換され最終的にアラキドン酸が多く蓄積したと考えられる。アラキドン酸生合成に関わる酵素遺伝子を過剰発現させることで、アラキドン酸生産性が向上する可能性を示した。
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