亜鉛は、多彩な生理作用を触媒、調節する必須微量元素である。潜在的亜鉛欠乏は日本人に比較的多く認められ、精神性食欲不振症に対して、亜鉛が有効であることが報告されている。近年、中枢神経系において種々の摂食調節ペプチドが食欲調節に重要な役割を果たすことが明らかとなっているが、亜鉛欠乏の摂食調節異常において、脳内摂食調節系がどのように変動しているのかは明らかではない。そこで、特に視床下部の摂食調節ペプチドに着目し、亜鉛欠乏の摂食調節異常の発症機構について検討した。 雄性SD系ラットに亜鉛欠乏食を与えると、3日目に摂食量の低下が認められた。このときの視床下部摂食調節ペプチドのmRNA量を定量的PCRにより検討したところ、摂食促進ペプチドであるorexinの発現量の低下、および摂食抑制ペプチドとして知られるcorticotrophin releasing factor(CRF)の発現量の上昇が認められた。したがって、短期間の亜鉛欠乏により、視床下部の摂食調節系が変動することが判明した。 また、亜鉛欠乏食を3日間給餌した後に、亜鉛を経口投与すると、直ちに摂食量が増加するとともに、視床下部におけるorexinなどの摂食促進ペプチドの発現量が増加していた。したがって、亜鉛を経口投与することによって、そのシグナルが中枢神経系に伝達され、食欲が亢進したと考えられる。さらに、亜鉛の腹腔内投与では、摂食量は全く回復しなかった。また、このときの摂食調節ペプチド発現量の変動は認められなかった。したがって、亜鉛が消化管から吸収されることにより、摂食シグナルが中枢神経系に伝達されると考えられる。
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