本研究により以下のことが明らかとなった。全国各地でシカによる森林破壊が多く報告されており、密度が5から14頭/km^2を超えると植生への影響が顕著になると言われている。屋久島の照葉樹林では、シカ密度が60から80頭/km^2と報告されており、急激で著しい森林破壊が進行しているはずであった。しかし、ヤクシカが小型であることや照葉樹林の高い生産性を考慮しても、屋久島の照葉樹林ではシカの森林に対する悪影響は小さいものであることが示唆された。シカの森林に対する悪影響が少ないのは、彼らが安定した生息環境にあって、森林植生と安定的な相互作用を進化させてきた可能性がある。ヤクシカは食物の大半をリター(主に落葉)に依存し、植物が光合成を行う生産器官への採食が少なかった。また、サルが落とした食物も利用している。これらの他にも何らかのメカニズムによって森林への影響が緩和されていた可能性がある。シカを排除による植物種多様性の低下や土壌の栄養塩循環の減速も他研究により明らかになっていることから、もともと捕食者のいない屋久島では、その植物種の多様性の高さを、むしろシカが積極的に維持してきた可能性がある。一方、大規模伐採・人工植林で撹乱された場所ではシカの生息密度は著しく減少しており、その影響は植林から数十年経っている現在でも歴然と現れていた。さらに、シカ1頭当たりの植物への採食圧は自然林と比べ植林地では著しく高いことが解った。生息地の撹乱はシカの生態を変化させ、シカと植物の関係性に影響を与えていることが示唆された。植林地と自然林で見られたシカの採食圧に関する数の反応と機能の反応の逆転現象は、生態系管理を考えるうえで重要な示唆を与えていると言えた。
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