研究概要 |
沿岸生態系の物質フローにおける底生植物起源有機物の重要性を明らかにするため,伊豆半島沿岸に沈積する海藻片の種組成と現存量を調べるとともに,安定同位体比分析手法を用いて沈積海藻片から海底動物群集への有機炭素供給の可能性について検討した.研究計画段階では底生微細藻類の重要性に注目していたが,伊豆半島沿岸では寧ろ海藻類の生産が重要である可能性が浮上したため,対象を海藻起源有機物に絞って研究を進めた. 2004年7月に下田沿岸の水深20-300mの海域でドレッジを曳網したところ,全地点の合計で78種の海藻片が入網した.そのうちの77種は,太陽光のほとんど届かない水深100-300mの海底から採集された.出現種数,総乾重量とも,100m深地点で特に多く,426.0mg/m^2もの藻体が検出された.このうち,量の多かった14種について元素含有量を測定した結果,100m深の海藻片の現存量は,炭素が151.9mg/m^2,窒素が13.2mg/m^2と換算された.この結果から,沿岸藻場由来の沈積海藻片は,有光層下に大量の有機物を輸送している可能性が示唆された. 2003年6月から2004年3月にかけて下田沿岸で採集されたベントスのδ^<13>Cは,水深が深くなるにつれて低下していった.水深10m以浅の2地点では65〜76%の個体が-16〜-13‰のδ^<13>C値を示していたが,水深45〜250mの3地点では76〜85%の個体が-22〜-17‰のδ^<13>C値を示していた.一般に,一次生産者のδ^<13>Cはプランクトンより底生植物で高くなり,栄養段階の上昇に伴うδ^<13>Cの増大は1‰以下程度に収まることが知られている.したがって,この海域のベントスを支える一次生産者は,10m以浅の浅場では底生植物,45m以深の水深帯では植物プランクトンであることが示唆された. ただし,100m以深の地点でも3個体が-16〜-15‰の高いδ^<13>C値を示していた.これらの個体は,底曳網に入網した大型褐藻片(主に-18〜-13‰)とδ^<13>C分布が重なっていたことから,沈積海藻片起源の有機物が有光層下のベントスに摂食されていた可能性が示唆された.
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