本年度では、平成15年度の英国海外研修の研究を継続して、19世紀後半から現在までのイギリス人、とくに都市住民における田園空間認識の研究を行った。その結果、イギリス人の田園空間認識は「Rural Idyll」の過程であったことを明らかにした。以下はその研究成果である。 「Rural Idyll」とは、農民・農村固有の観念ではなく、むしろ都市住民のそれであり、産業革命がもたらした都市化・工業化の負の側面(スラム化、過酷で単調な労働、スモッグなどの環境汚染など)に対抗する観念として生まれた。この観念の形成にはワーズワースやハーディなどの田園詩・田園文学が重要な役割を果たし、19世紀後半以降中流階級を中心に、平安・不穢・美の象徴として田園が理想化されていくこととなり、郊外への移住、ナショナル・トラストなどの初期の環境保全運動の観念母体となった。さらに1930年代になると、この観念は労働者階級にも浸透し、有給休暇の普及、鉄道網の発達と相まって、イングランド北部山岳地帯を中心に登山・ハイキングのための私有地を歩く権利要求運動が各地で起こり、1949年の国立公園及び田園アクセス法が実現することとなった。「Rural Idyll」観念は、第2次大戦後もますます広がりを増し、この観念を背景に都市から農村への移住・人口移動(「Counter-urbanisation」)、環境保全運動の本格的な興隆、農村レジャーの流行など、農村を舞台とした多様な現象・活動がみられ、今やイギリス農村は生産の現場であるとともに、レジャーなど都市住民の消費の現場にもなっている。
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