本研究の目的は、日本と英国の田園空間の再認識について比較し、その相違の内容と背景を明らかにすることである。 本年度は日本において1900年代から30年代にかけての田園空間に対する住民の認識、およびその背景について明らかにすることに主眼を置いた。具体的には、日本における田園空間認識について、戦前期に広く読まれ、その後の都市住民に大きな影響を与えた田園文学(小説)を取り上げ、それがどのように読まれていったのか・受容されていったのかについての分析を行った。なかでも自然主義文学の傑作といわれる長塚節『土』のインパクトはきわめて大きく、それまでの島崎藤村や国木田独歩に代表される牧歌的な農村像・農民像は『土』によって著しく修正され、農村が「貧困」というイメージ一色に変わっていくことがわかった。その後、貧しい農村像・農民像は新聞を中心とするメディアでも大きく取り上げられていくことによって定着し、左右両陣営から農村が自分たちの主張の根拠として用いられるようになっていくことがわかった。研究成果は来年度発表していく予定である。 また、現代(戦後期)の日本における田園空間認識についても分析を行った。これはたとえ本来の研究対象が戦前期日本であるにしても、現在の認識を理解していないと過去の変化の過程が明らかにならないと考えたからである。そこで、地価に農地や自然がどれだけ影響を与えているのかについての分析と近年急速に広がりつつあるグリーン・ツーリズムの分析を行った。その結果、現代の日本では、もはや貧しい農村像・農民像はないに等しく、農村に対するプラスのイメージ(癒し・安らぎの場)を都市住民は持っているが、欧米にみられる都市化のアンチ・テーゼとしての農村美化のような動きはまだ弱いということが明らかになった。
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