複雑な構造と高い反応性を併せ持つ多官能性有機物質の創製、変換、供給は、有機合成化学の重要な一領域をなす。しかしながら、多官能性有機物質のひとつであり、興味深い医薬資源としての可能性を秘める多連続不斉ハロゲン化合物は必ずしも活発な合成研究の対象とはなっておらず、これらの化合物を立体制御下に得る手法は少ない。我々は、アドリア海に生息するイガイより単離された細胞増殖抑制新規多ハロゲン化スルホリピッドを標的とする合成研究を通じて、ハロゲン置換炭素の立体制御手法を開発するとともに、制がんに関わる新たな医薬資源となり得る不斉ハロゲン化合物を獲得すべく本研究を行った。 本研究で我々は、アルケン類の不斉酸化によって得られるエポキシドのハロゲン化反応を基盤とするvic-ジクロロ化合物およびクロロヒドリン類の立体選択的合成手法を確立した。すなわち、種々の光学活性エポキシドに対し、N-クロロコハク酸イミド-トリフェニルボスフィンを作用させると、不斉炭素上でのWalden反転を伴う求核置換反応が進行し、シスあるいはトランスエポキシドからそれぞれ対応するアンチあるいはシンvic-ジクロロ化合物が良好な収率で立体特異的に得られ、一方、N-クロロコハク酸イミド-トリブチルボスフィンを作用させるとクロロヒドリン類が得られることを見出した。さらに我々は、ビスエポキシドに対して本手法を適用することにより、4連続不斉中心からなるハロゲン化合物の新規短工程合成経路を開拓するとともに、標的海洋天然物のC1-C14フラグメントの合成を行った。
|