私たちは環境中に蔓延する化学物質に曝されている。個体の機能は様々な内因性ホルモンによって複雑かつ巧妙に制御されているが、環境化学物質の中にはこの制御システムに作用し得るものが存在する。これらの内分泌撹乱物質の作用機序として一般に考えられているのは、擬似ホルモンすなわち転写因子としてのはたらきである。近年、遺伝子発現は転写以外の段階においても様々な制御を受けることが明らかになってきている。したがって、内分泌撹乱についても転写以外の制御段階での撹乱の可能性を検証する必要がある。mRNA安定性、翻訳、タンパク質分解などの転写後制御段階において作用する環境化学物質の探索が本研究の目的である。 一年次末現在、従来のホルモン受容体へのリガンド結合という考え方では解釈できない内分脳撹乱作用をいくつか見出している。主なものを以下に示す。 1.比較的強い抗エストロゲン作用を示す植物由来化合物(イソフラボン誘導体)を見出した。この物質は、天然のエストロゲンのエストロゲン受容体(ER)への競合的結合阻害が弱いにもかかわらず、レポーター遺伝子のER依存的な転写活性化を強く阻害する。ERのダイマー形成への影響や受容体を介さない発現抑制などの新しい内分泌撹乱の作用点が示唆される。 2.弱い女性ホルモン作用が懸念されているプラスチック可塑剤の毒性発現機構は未だ解明されていない。我々を含むグループの研究で、病態時にその毒性が増強することが明らかになっている。この原因として、外因性物質の解毒反応による内因性ホルモン代謝回転への影響を想定している。個体レベルでのホルモンバランスの変調という新しい内分泌撹乱メカニズムにつながる興味深い結果である。
|