研究課題
本研究では、神経因性疼痛ならびに炎症性疼痛の形成機構における脊髄の脳由来神経栄養因子(BDNF)の役割について検討した。両疼痛モデルに対してBDNFの特異的抗体を繰り返し髄腔内投与したところ、神経因性疼痛の形成はほぼ完全に抑制されたのに対し、炎症性疼痛の形成はほとんど抑制されなかった。また、両疼痛モデルから得られた脊髄細胞膜分画標本を用いてBDNFの受容体であるTrkBのタンパク量をWestern blottingにより検討したところ、神経因性疼痛モデルの脊髄においてのみTrkBタンパク量の増加が認められた。そこでTrkBの特異的抗体ならびにチロシンキナーゼの阻害薬を神経因性疼痛モデルの脊髄に繰り返し投与したところ、これらの抗体や阻害薬により神経因性疼痛の形成は著しく抑制された。さらに、BDNF自体を正常マウスの髄腔内に単回投与すると、投与後5日間に亘る痛覚過敏ならびにアロディニアが惹起された。これらのことから、脊髄におけるBDNFは神経因性疼痛の形成に非常に重要な役割を担っている因子である可能性が示唆された。一方、炎症にはシクロオキシゲナーゼ(COX)が関与していることが知られていることから、本研究では次に神経因性疼痛ならびに炎症性疼痛の形成機構における脊髄のCOXの役割について検討した。その結果、選択的COX-2阻害薬であるエトドラクならびにメロキシカムをそれぞれ繰り返し髄腔内投与することにより、炎症性疼痛の形成は著明に抑制されたのに対し、神経因性疼痛の形成は全く抑制されなかった。また、COX-2の発現・誘導にはインターロイキンIβ(IL-1β)ならびに腫瘍壊死因子(TNF)αが重要な役割を果たしていることから、これらを捕獲する抗体様分子を両疼痛モデルの髄腔内に繰り返し投与し、その影響について検討したところ、炎症性疼痛の形成はIL-βならびにTNFαを捕獲する抗体様分子の繰り返し髄腔内投与により有意に抑制されたのに対し、神経因性疼痛の形成は全く抑制されなかった。一方、IL-6を捕獲する抗体様分子の繰り返し髄腔内投与では炎症性疼痛の形成は抑制されず、神経因性疼痛の形成のみが抑制された。以上の結果より、神経因性疼痛と炎症性疼痛の形成には異なる因子が関与していることが明らかとなり、慢性疼痛の原因に応じた治療法の選択が疼痛改善の向上に重要である可能性が示唆された。
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