我々はこれまでの実験においてラットに青酸カリを経口投与し死亡させると、その濃度に応じて脳、肺、心、腎、肝などの各臓器のシアンの作用点であるチトクロームオキシダーゼ活性が低下することを報告していた。また、それらのチトクロームオキシダーゼ活性の抑制は脳と心臓で高度であることが分かっていた。さらに、低酸素下においたラットは青酸カリの影響を受けにくいことが分かっていた。 本研究では、副腎腫瘍由来の神経細胞であるPC12細胞を虚血の条件としてよく用いられているグルコースと血清のない環境下に置き、細胞変化を観察した。すると死亡するほとんどの細胞はPI、ヘキスト等の蛍光試薬、タネル法等で観察するとネクローシスに陥っていた。一方、ミトコンドリアの電子伝達系を阻害する試薬であるDPIを投与するとほとんどの細胞がアポトーシスに陥った。この現象は心筋由来の細胞であるH9C2細胞の方が顕著に現れていたため、以後H9C2細胞を用いて実験を継続した。H9C2細胞の虚血条件の一つである0.2%の低酸素環境下で1時間おきに、細胞の形態学的変化を観察したが、有意な変化は観察されなかった。蛍光試薬を用いても変化は観察されなかった。細胞死の指標であるLDH活性の上昇もなく、低酸素だけでは細胞死は起こらないことが判明した。 ところが、低酸素環境におかれた後のミトコンドリアのチトクロームオキシダーゼ活性を測定すると、酵素活性が低酸素時間依存性に上昇していることが観察された。ウエスタンブロットによって観察すると、チトクロームオキシダーゼ・サブユニットIおよびIVのタンパク量は一時的に抑制されるが、低酸素時間依存性に上昇していることが判明した。また、RT-PCR法によって、このたんぱく質のメッセンジャーRNAの発現を観察すると、一時的に抑制されるが、時間依存性にメッセンジャーRNAの発現が急激に上昇していることが判明した。ミトコンドリアの酵素活性の上昇は、コハク酸デヒドロゲナーゼ活性についても認められ、ミトコンドリア全体の活性が上昇していることも示唆された。この低酸素によるミトコンドリア機能の上昇のメカニズムを解明することを目的として、低酸素下での活性酸素の生成を測定した。細胞が低酸素下に置かれると、活性酸素の生成が一時的に抑制されるが、時間依存性に増加していることが観察された。したがって、低酸素下に増加する活性酸素がミトコンドリアの機能上昇と引き続くミトコンドリアタンパクの合成の何らかの誘引になっている可能性が示唆された。
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