研究概要 |
法医剖検の実際において、窒息は剖検所見のみでは診断が極めて困難である場合も少なくない。そこで、窒息時に応答する中枢神経での遺伝子発現を解析することにより、窒息の診断への応用が可能であるかの基礎的データを得る目的でこの研究を行った。今年度は、マイクロアレイ法を用いて窒息時のマウス脳における遺伝子発現を比較・解析し,窒息時の遺伝子発現動態を検討した。具体的には、各群2例のマウスに、麻酔下にて25分間頚部圧迫を行い死亡させ、死亡直後と30分後にそれぞれ脳を採取した(A0、A30)。対照例として断頭例を用い、同様に死亡直後ならびに30分後に脳を採取した(C0、C30)。RNAを抽出して逆転写後に蛍光ラベル化し、C0群を対照として、アレイスライドにハイブリダイズ後、スポット強度を測定し、各群におけるデータを比較検討した。なお、検討した遺伝子数は3786種類である。その結果、A30群のみに発現が4倍以上増加する遺伝子が93個得られ、また、発現が1/4以下に低下する遺伝子が50個得られた。C30群は発現が増加する遺伝子は23個で、101個の遺伝子は発現が減少していた。また、とくにストレス反応蛋白質99種類については、より詳細な解析を行った。熱ショック蛋白質はC0群では発現状態はほとんど変化していなかった。しかし、C30群、A0群、A30群では熱ショック蛋白質70は増加しており、クリスタリンはA0群のみで減少していた。また、恒常性熱ショック蛋白質やtumor rejection antigen gp 96はA30群のみで増加していた。異物処理に関わる遺伝子の中でA0群やA30群で15個の遺伝子が増加しており、アルコール脱水素酵素やチトクロームp450のイソ蛋白が含まれていた。異物処理に関する遺伝子のなかでA0群やA30群で減少している遺伝子は24個であり、チトクロームp450のイソ蛋白が含まれていた。また、異物処理に関する25個の遺伝子に発現量に増減が認められなかった。従って、同様の機能を有すると推定される遺伝子でも死後に放置するかしないかでその発現状態が一定ではないことが疑われた。今後、得られたデータを詳細に解析し、窒息時において発現に変動きたす遺伝子の意義を明らかにし、法医実務への応用をめざしたいと考えている。
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