実際の法医解剖事例の中から、受傷状況や受傷後経過時間が明らかになっている頭部外傷の症例を選択し、大型連続切片を作成して脳室壁の損傷部位と受傷機序の関係について検討した。大型切片の作成には大型ミクロトームをはじめとする機器や標本作成のための技術が必要であるが、脳の水平断を一枚の標本上で観察できることが利点である。実際の解剖症例を対象とした研究であるため、症例ごとの受傷方法や程度、受傷後生存時間や死後経過時間などの要素が標本作成に影響することが課題となった。 法医解剖事例において、頭部への受傷機序が比較的明瞭である症例の中から脳室壁に損傷を認めた19症例を対象とした。受傷機序は、転落10例、転倒4例、交通事故5例であった。転落例では転落の距離が30〜2mと幅があったが、いずれも打撲部位は頭頂部あるいは後頭部であり9割に側脳室後角に損傷が認められた。転落の距離による分類では、17m以上の転落例の75%で脳室壁の前角・後角の双方に損傷が認められたのに対し、10m以下の症例では8割が後角のみの損傷であった。転倒例ではいずれも後頭部を打撲し、全例に後角の損傷が見られた。交通事故例では打撲部位は多彩であったが、いずれも脳室壁に複数個所の損傷が認められた。全例中、頭蓋骨骨折がなかったものは6例であり、そのうち5例は交通事故例だった。 17m以上の高所からの転落例と交通事故の症例では脳室の複数個所に損傷が認められ、これらの受傷機序では脳に対して複雑な力が作用していることが推測される。また、骨折がなかった症例にも脳室壁損傷があり、外力の大きさだけでなく、脳の変形に関わる回転力や剪断力が脳室壁損傷に関与していると考えられる。検討した症例について、頭部外傷の受傷機序と脳室壁損傷の部位との関係について一定の傾向が示されたものと考えているが、さらに多くの症例について検討する必要がある。
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