Wolfram症候群は、若年発症の糖尿病と視神経萎縮を主徴とする常染色体劣性遺伝性症候群であり、原因遺伝子としてWFS1が同定されている。Wolfram症候群における糖尿病は著明なインスリン分泌不全が特徴で、部検例では膵ラ氏島の萎縮とβ細胞の選択的な消失が報告されている。また、WFS1欠損マウスでは、20週齢以降で耐糖能異常を発症し、膵β細胞の選択的な脱落を認めるが、耐糖能異常は軽度であり、24週までに顕性糖尿病を発症することはほとんどない。そこで、私はWFS1蛋白の機能について示唆を得る目的で、軽度の肥満・インスリン抵抗性を持つagoutiマウスとの交配によりWFS1欠損agoutiマウスを作成し、Wolfram症候群における膵β細胞死のメカニズムについての解析を進めてきた。WFS1欠損agoutiマウスは全例に生後16週頃からインスリン分泌不全による著明な高血糖を来たし、膵切片の免疫染色でβ細胞の著しい選択的脱落を認めた。その膵ラ氏島内にTUNEL陽性細胞を認め、それがアポトーシスであることを観察した。さらに、単離ラ氏島による解析では、小胞体ストレス応答に関するBip蛋白の発現が野生型マウスと比較し、agoutiマウスやWFS1欠損マウスでは増加しており、WFS1欠損agoutiマウスではさらに増加していた。さらに、ERAI (ER stress Activated Indicator)システムを導入した遺伝子改変マウスとの交配により、小胞体ストレス状態を検討すると、agoutiマウスおよびWFS1欠損agoutiマウスでラ氏島内のGFP発現が増加しており、XBP-1 mRNAのスプライシングの亢進を認めていた。 agoutiマウスは肥満によるインスリン抵抗性を有し、膵β細胞においては過剰なインスリン分泌による小胞体ストレスが引き起こされていることが予想される。しかしながら、β細胞はその小胞体ストレス応答機構により維持されアポトーシスには至らず、膵ラ氏島は過形成となるものと思われる。しかし、WFS1の機能不全はこのagoutiマウスにおいて、β細胞の著しい選択的脱落をもたらす。このことは、WFS1が小胞体ストレス応答機構において重要な役割をしていることを示しており、小胞体ストレス負荷に対するβ細胞維持に重要な働きを示すことを示唆している。
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