本研究ではオルトバナジン酸ナトリウム(バナデート)のアポトーシス抑制効果の解明を進め、その作用点(標的分子)を明らかにすることにより、アポトーシス制御による新しいタイプの放射線防護剤開発の一助となることを目指している。 実験を進めた結果、バナデートは放射線や抗癌剤によるアポトーシスを抑制し、他の幾つかの刺激によるアポトーシスは抑制しなかったことから、DNA損傷が引き起こすアポトーシス経路を主として抑制していると考えられた。また、バナデートは、直接のカスパーゼ活性阻害効果は認められなかったが、バナデート処理した照射細胞のカスパーゼ活性化を抑制することによりアポトーシスを阻害していたことが明らかとなった。そこで、カスパーゼ活性化の上流反応であるミトコンドリア膜電位低下やBax構造変化に対する効果を検討したところ、これらの反応も抑制したことから、バナデートはミトコンドリアの上流に位置するアポトーシス過程に作用していると考えられた。更に上流のアポトーシス因子について解析を進めた結果、バナデート処理したMOLT-4細胞内のp53は不活性型構造に変化しており、その結果、照射後のp53標的遺伝子の転写活性化の抑制とDNA損傷誘導アポトーシスの抑制が引き起こされていること、およびp53遺伝子型の異なる細胞株の比較からバナデートはp53依存性のDNA損傷誘導アポトーシスを抑制していることが明らかとなった(投稿中)。本研究はこれまでチロシンホスファターゼ阻害剤として用いられることが多かったバナデート作用の既成概念を覆し、今後、実験動物を用いたバナデートの放射線防護剤としての有効性の検討、および更に詳細な抑制分子機構の解析を進めることにより、放射線障害防止におけるp53制御の有用性を明らかにしていくことが期待される。
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