現在の人工内耳における音声コード化法は音の周波数特性を蝸牛の空間情報として符号化する方式であり、子音等の非定常的な音や位相特性等の時間情報は適切に符号化されにくい。このような音声コード化法を改良していくためには、音の時間情報がどのように聴覚中枢にて処理されるのかについて、その原理をまず明らかにする必要がある。本研究において、除脳非動化ネコ下丘ニューロンにおける合成複合音刺激に対する応答を記録し、その時間的応答特性を解析した。純音刺激には無応答であり複数の周波数成分からなる複合音刺激にのみ応答するニューロンが存在し、その時間的発火パターンは刺激音の振幅エンベロープ周期に位相固定した。ニューロンクラスターとしての電位応答では、振幅変調音および周波数変調音刺激に対し変調周期に位相固定した応答が記録され、定常音における波形の周期性という時間情報がニューロン群の周期的同期発火により時間符号化されていることが示唆された。また、振幅変調音における中心周波数成分の位相変化により位相固定率が変化し、各周波数成分の相対的な位相変化が時間符号化に影響を及ぼすことが示された。一方、複合音を構成する各周波数成分や変調周波数に一致した周波数の純音刺激に対し位相固定を伴った応答は認められず、周期的同期発火は内耳における初期発火情報がより高次の聴覚中枢へ処理される過程で非線形的に生成されたものであることが示唆された。
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