実験動物に対し頭蓋底骨折を伴わない頭部打撲負荷後の聴性脳幹反応(ABR)検査において、頭部打撲1日後群では1-II波間の潜時の延長を認めたが、聴覚閾値上昇には至っていなかった。しかし、頭部打撲7日後群ではI波およびI-II波間の潜時の延長を認め、約20dBの聴覚閾値上昇を認めていた。頭部打撲14日後群では潜時の有意な延長や聴覚閾値の上昇は認めなかった。蝸牛マイクロフォン電位(CM)は全ての群で有意差は認められなかった。形態学的な検索では、明らかな頭蓋底骨折などは認めず、光顕像で蝸牛や第VIII脳神経、脳幹部などにも明らかな異常所見は認められなかった。一方、電顕像では頭部打撲1日後群より第VIII脳神経髄鞘の層状構造の乱れを認め、頭部打撲7日後群では第VIII脳神経髄鞘の崩壊像なども認めていた。また、頭部打撲14日後群では頭部打撲1日後、7日後群に比し第VIII脳神経の障害は軽度であった。 この実験結果からABR検査においては頭部打撲1日後、14日後群と比較して頭部打撲7日後群で有意な聴覚閾値上昇を認め、遅発性の一過性聴覚閾値上昇を示していた。また形態学的検討においては頭部打撲1日後、7日後群で第VIII脳神経の障害を認め、これが聴覚閾値上昇の成因に関与していることが示唆された。 有髄神経系に機械的圧迫や牽引などの外力が加わった場合の障害発生のメカニズムは、外傷による直接的な変化とその数日後に発生する、外傷に基づく神経周囲組織への影響やサイトカインをはじめとする体液性因子が関与する続発性の変化などが関与すると考えられる。つまり、頭蓋底骨折を伴わない程度の頭部打撲による急性期の変化では多くの場合、聴覚閾値を上昇させるに至るほどの変化は示さないが、それに引き続き発生した続発性の変化によって聴覚閾値上昇が発生することが推察され、その障害部位は第VIII脳神経であると考えられた。 今後、聴覚閾値を上昇させる要因となると考えられる、頭部外傷後の続発性の変化に関与する因子の同定を中心に研究を継続、発展させる。
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