本研究は、戦後日本の思想家藤田省三(1927-2003)と松下圭一(1929-2015)における「大衆」と「市民」の思想を欧米の政治思想と比較分析するものである。本研究の目的は、第一に、かつての戦後政治思想の研究が「市民」概念を中心に民主主義を論じてきたことに対して、それと緊張関係にあった「大衆」概念を分析し、両者の関係を明らかにすることにある。そして第二の目的は、藤田と松下の思想を同時代の欧米の思想と比較することを通じて、戦後思想に対するより豊かな解釈の可能性を提供することである。 本研究の具体的な内容は(1)鍵概念となる「大衆」と「市民」の日本と欧米における概念史の分析、(2)熟議民主主義論やフランクフルト学派の議論など、欧米の政治思想を視野に入れた上での藤田と松下の著作読解、(3)同時代の言説空間(総合雑誌、同時代知識人の著作など)の分析によって構成されている。また(4)藤田・松下と実際に交流した人々へのインタビューを通じて、多くの情報を入手することができた。 本研究の成果として(1)高度成長期を中心に行われた戦後日本の構造変化の中でマルクス主義を批判的に検討し、より創造性のある政治思想を構築した思想家として藤田と松下を位置付けた点、(2)「市民」・「市民社会」論と緊張関係にあった「大衆」・「大衆社会」論に着目することによって、高度成長期の政治思想の両面性の検討した点、(3)藤田と松下の議論を熟議民主主義論、公共性論、そしてフランクフルト学派の議論と関連づけて理解することによって、一九七〇年代の戦後思想の豊かさを検証した点を挙げることができよう。
|