研究課題/領域番号 |
16F16029
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
上妻 幹旺 東京工業大学, 理学院, 教授 (10302837)
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研究分担者 |
MIRANDA MARTIN 東京工業大学, 理学院, 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 量子気体顕微鏡 / 光格子 / 冷却原子 / イッテルビウム / ボース凝縮 / フェルミ縮退 |
研究実績の概要 |
本研究は、光格子中にトラップされた極低温のイッテルビウム(Yb)原子気体を対象として、銅酸化物高温超伝導体のモデルとされる2次元Fermi-Hubbard模型を量子的にシミュレートし、d波超伝導相を発現・観測することを目的としている。d波超伝導相を発現するためには、原子1個あたりのエントロピーを、反強磁性相のそれ(0.35kB)に比べて十分に下げる必要がある。最近になって我々が開発したYb量子気体顕微鏡は、光格子中の各サイトを分解して原子を観測することが出来る。最初にMott絶縁体相を誘起し、周縁部に存在する高いエントロピーを有する原子を、この顕微鏡を利用して排除すれば、系の温度を低下させることが可能となる(フィルタリング冷却)。この方法で反強磁性相を生成した後、系のドーピングを調整することで、d波超伝導相を誘起することを計画している。 今年度、我々は、174Yb原子(ボソン)を2次元光格子に導入し、Mott絶縁体相を誘起するとともに、Mott shellと呼ばれる特徴的な空間構造を顕微観測することに成功した。系の温度は数100pK、原子1個あたりのエントロピーは0.3kB程度であった。ボソンを対象としたMott絶縁体相の観測に成功したため、我々は173Yb(フェルミオン)を対象とした実験を開始することにした。まず光トラップ中で173Yb原子気体を蒸発冷却させ、T/TF~0.2という値を得た(TF:フェルミ温度)。フェルミ縮退領域に至った173Yb原子気体を光格子に導入し、量子気体顕微鏡で観測をしたところ、Mott絶縁体相と思われる特徴的な空間構造をとらえる予備実験に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目的は、Yb原子気体を2次元光格子中で超低温度にし、d波超伝導相を観測することにある。本研究がスタートする前、既に我々は2次元光格子中に捕捉されたYb原子を、サイトを分解して観測する実験に成功していた。しかし、フィルタリング冷却を行うために必要なMott絶縁体相を観測することには成功していなかった。Mott絶縁体相を観測するためには、系の温度がオンサイト相互作用に比べて十分小さい必要があるが、これはT<<6nKというかなり厳しい条件に相当する。光格子を構成するレーザーの周波数雑音、強度雑音、さらに蒸発冷却を行うための各種光学系等を一からみなおすことで、最終的に数100pKという超低温度を実現し、Mott絶縁体相を観測することに成功した。この実験はボソンを対象として行われたが、すでにフェルミオンを対象とした同様の実験が機能しつつある。そもそも量子気体顕微鏡には高度な技術が要求されるため、同じ原子種であっても、同位体を変更することで顕微鏡が機能しなくなる可能性が十分にある。今回、ボソン、フェルミオン双方に対して量子気体顕微鏡が機能することを確認できた点も、大きな進展だといえる。僅か1年で、研究目的を達成する上で基盤となる技術に見通しがたったことは大きな成果だといえるだろう。
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今後の研究の推進方策 |
173Yb原子の核スピンはI=5/2であるため、フェルミ縮退に至った原子気体はSU(6)系をなす。我々が目指す2次元Fermi-Hubbard模型の量子シミュレーションは、SU(2)系を対象としているため、まず6つのスピン成分を、光ポンピングによって2成分にする実験からはじめる。適切な磁場を印加した状態で、1S0-3P1遷移に対応するπ偏光のレーザー光を照射することで、原子をm=±5/2の磁気サブレベルに光ポンピングし、SU(2)系を生成する。SU(2)系を対象として蒸発冷却を行い、フェルミ縮退領域に至った原子気体を準備した後、これを光格子に導入し、Mott絶縁体相を誘起する。詳細は割愛するが、デジタルミラーデバイス(DMD)、および1S0-3P2超狭線幅光学遷移を利用し、Mott絶縁体相の周縁部に存在するエントロピーの高い原子を選択的に排除する。我々の量子気体顕微鏡は、原子がもつスピンを読み取ることが出来ないため、フィルタリング冷却によって系が反強磁性相に移行したことを、次の方法を使って確認する。まず、10G程度の磁場を印加することで、1S0-3P1光学遷移に、スピンに応じたゼーマンシフトを誘起する。次に、片方のスピンに共鳴するレーザー光を照射することで、対応するスピンをもつ原子を光格子から排除する。Mott絶縁体相が誘起された時点で、各サイトの占有数は1になっているため、量子気体顕微鏡を使って各サイトにおける原子の有無を観測すれば、スピンの空間分布を得ることが出来る。反強磁性相を確認した後、DMDを用いてポテンシャル形状を操作し、系のドーピングを制御することで、d波超伝導相の発現を目指す。
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