本研究は、2次元正方光格子中に捕捉された冷却フェルミ原子気体を対象として、d波超伝導状態を実現することを目的としていた。d波超伝導状態を実現するためには、超交換相互作用で特徴付けられるNeel温度に比べ、原子気体の温度を桁で下げる必要がある。具体的にはnKあるいはpKといった極低温が要求される。 光格子中で発現する量子相の中には、エントロピーが空間的な分布をもつMott絶縁体相と呼ばれるものがある。高いエントロピーをもつ原子を選択的に排除した後、系を熱平衡化すれば、上記したような極限的な冷却が原理的には可能となる。本研究では、光格子中の原子をサイト分解して観測できる「量子気体顕微鏡」を使って、Mott絶縁体相を観測するとともに、高いエントロピーを有する原子を選択的に排除することを計画した。 研究を開始した当初、我々は光格子中に捕捉されたイッテルビウム(Yb)原子を、サイト分解して観測することには成功していたが、強相関物性現象を誘起し、これを顕微観測するには至っていなかった。2年間の研究期間を通し、我々は174Yb(ボソン)を対象としてMott絶縁体相を誘起し、その特徴的な空間構造であるMott shellを量子気体顕微鏡を用いて捉えることに世界で初めて成功した。さらに173Yb(フェルミオン)をT/TF~0.15程度のフェルミ縮退領域にまで冷却し(Tは系の温度、TFはフェルミ温度)、これを光格子中に導入することで、同じくMott絶縁体相を誘起し、Mott shellを観測することに成功した。上記した成果は目的とするd波超伝導相を発現・観測する上で重要なマイルストーンとなるものである。
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