研究課題/領域番号 |
16F16047
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
西山 裕介 国立研究開発法人理化学研究所, ライフサイエンス技術基盤研究センター, ユニットリーダー (20373342)
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研究分担者 |
HONG YOULEE 国立研究開発法人理化学研究所, ライフサイエンス技術基盤研究センター, 外国人特別研究員
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | 固体NMR / 炭素繊維 / PAN |
研究実績の概要 |
本研究課題では、軽量・高強度の材料として注目を浴びている炭素繊維の生成プロセスを原子レベルで理解することを目的としている。炭素繊維は、長周期の規則構造を持たず、原子レベルの構造解析に広く用いられている回折法による構造解析ができない。そこで、局所的な構造に敏感に反応する固体NMR法を用いて原子レベルでの理解を行う。 初年度においては、炭素繊維の原料として用いられているαPAN(これを蒸し焼きにすることにより炭素繊維が作られる)の熱処理による構造変化を研究した。13Cラベルした試料を用い真空下および大気下で熱処理を行い、13C NMR測定により構造の変化を観測した。真空下で処理した試料は芳香環がはしご形の分子へと反応したのに対し、大気下では芳香環がisolateした分子構造となった。このように雰囲気により異なる反応機構が用いられることを明らかにした。本研究成果は、The university of Akronの三好教授の研究グループとの共同研究により行われたものであり、Macromolecules誌に出版済みである。 測定にあたり、NMRの持つ低感度という本質的な問題がハイスループットの構造解析に大きな壁となっていることが明らかになった。通常のNMR法では、数秒の待ち時間を経て測定を行うときにひとつのNMR信号しか測定しない。測定効率を上げるために、複数のNMR信号を連続的に測定する手法を開発した。これにより、13C/1H相関スペクトルと15N/1H相関スペクトルが同時に測定できるようになった。トータルの測定時間は半分となり、飛躍的なスループットの向上が望める。本結果は現在論文にまとめているところである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
おおむね、当初の研究計画どおりに進捗している。炭素繊維の反応メカニズムの解明に向けて、すでにαPANを用いた系に対して大気下・真空下での反応メカニズムを解明した。その中で、NMRの測定時間がボトルネックとなっていることが明らかになった。この問題は当初の研究計画にはなかったが、このボトルネックを解消するために新規NMR手法を開発し、スループットを2倍にすることに成功した。同時に、当初の計画通り1H/1H相関、14N/1H相関といった測定も炭素繊維原料の高分子試料に対して適用を開始しており、これらの測定もスループットの飛躍的な高度化につながる。PANには窒素が含まれており、反応メカニズムの解明に大きく関わっている。窒素のNMR測定は通常は15N同位体の測定が必要となる。15N同位体の天然存在比はわずか0.4%であり、多くの場合高価な15N同位体ラベル試料を用いてNMR測定を行う必要がある。この壁を取り除く試みとして、15N同位体の代わりに14N同位体を用いる14N/1H相関測定をPAN試料に対して試みた。現在、測定結果を解析中であるが、天然存在比の15N測定に対してさらに高感度で測定できることがわかった。更なる構造解析を目指して、14N/1H測定と1H/1H測定の組み合わせにもすでに取り組んでいる。これにより、窒素近傍の1Hのネットワーク構造が明らかになることが期待される。以上のように、予定されている研究計画どおりに進行しており、同時に当初の研究計画になかった問題の解決にも取り組んでおり、当初の研究計画を上回る進捗が得られている。
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今後の研究の推進方策 |
現在、非常に順調に研究が推進しており次年度も引き続き、当初の研究計画どおり同様の方針で研究を推進する予定でいる。The university of Akronの三好教授との共同研究も順調に進行しており、さまざまな条件下で反応させた試料の構造解析から、炭素繊維の反応機構の解明が飛躍的に進むことが期待される。今後考えられる障壁としては、限られた分解能が上げられる。NMRは非常に高分解能の情報を与える手法ではあるが、現在ターゲットとしている高分子試料は生まれながらにヘテロジニティを持つ試料であり、一般的に分解能が限られている。そのため、高分解能の構造情報を得る上での障壁となっている。当初の研究計画では、この問題に対して取り組む予定はなかったが、すでに14N/1H相関測定と1H/1H層観測測定を組み合わせる測定に成功しており、高分解能化を果たしている。このアプローチを用いて、今後予測される分解能の問題も解決できると考えている。また、14N/1H/1Hや13C/1H/1Hといった三次元NMR法を用いることにより、より詳細な原子レベルの構造解析が期待される。このような高度なNMR手法はこれまで高分子試料に対して用いられることは少なかったが、本研究課題によりこの未知の領域を開拓できるものと確信している。また、これらの測定手法としてのNMRの測定ツールは、ほぼ完成の域にあり今後も引き続き高分子試料に適用することにより、試料を同位体ラベル化することなく高分解能の原子レベルの情報が得られると確信している。
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