研究課題
図形認知を担う高次視覚野を同定するためには、麻酔下の記録のみにては不十分であり、覚醒マウスにおけるイメージングが望ましい。しかし、当該部位は側頭部に位置し、正立型の顕微鏡でそのまま可視化するには、マウスの側頭部を上に向けた無理な位置で固定しなければならない。そこで我々は光学的に優れたプリズムミラーを用いて光軸を曲げ、側頭部にある高次視覚野をイメージングすることに成功した。覚醒下の脳活動をフラビン蛋白蛍光で可視化しても、信号が小さく、動きに伴う血流変化などで脳活動が明確に見えない場合が多い。そこで我々は、カルシウム依存性の蛍光蛋白GCAMP8を、興奮性ニューロン特異的に発現するマウスを用いてイメージングを行った。このマウスは覚醒下でも十分な信号強度が見込めるため、血流変化の影響をそれ程受けずにデータを取得することが可能である。覚醒状態のマウス側面部における脳活動を解析し、視覚刺激に対する応答を解析したところ、ゆっくり動く図形刺激に対して聴覚野の後方部分が応答することを見出した。従来我々は麻酔下のフラビン蛋白蛍光イメージングで、聴覚野より背側に存在する部分が図形認知を担う部位であると考えていたが、実際はこの部分を含み、さらに聴覚野の後方までを含む広範な部位が対象領域であると思われる。この部分の活動は、従来知られている一次視覚野や二次視覚野と異なり、視野の広範囲を覆う縞刺激などにはあまり応じないこと、また視覚刺激のサイズにそれ程左右されないこと、ゆっくり動くと応じやすくなることなどの特徴があることが判った。図形認知を担う高次視覚野の応答は、さらに聴覚野の腹側部分に位置する嗅周野まで及ぶことが判った。嗅周野は嗅内野に接し、嗅内野は海馬に投射することから、図形を認知し、さらに記憶する経路の一部が可視化された可能性があると思われる。
2: おおむね順調に進展している
本研究計画立案時には、聴覚と視覚の連想記憶を用い、音によって引き起こされる視覚野応答を用いて図形認知を担う高次視覚野を同定する方法を考えていた。しかし、CGAMP8を発現するマウスの覚醒イメージングを用い、単純な視覚刺激だけで高次視覚野を容易に可視化できることを見出したことは、予想外の大きな進歩である。しかし、我々が見出した部位が図形認知を担う高次視覚野であると最終的に確認するためには、単一ニューロンレベルの応答を2光子顕微鏡等の手段で可視化し、図形に選択的であることを示す必要がある。プリズムを用いたイメージングシステムは、10倍の対物レンズを用いた2光子顕微鏡で解析することが可能であることが判明しているので、この点を至急確認する必要がある。
図形認知を担う高次視覚野の同定に成功したので、その性質を、2光子顕微鏡などを用いて、さらに詳細に解析していくべきである。特に、一次視覚野や二次視覚野と高次視覚野の違いは何なのか、ニューロンレベルの活動性の違いは何なのかを詳細に解析する。さらに高次視覚野の活動は嗅周野にも及ぶので、視覚野と嗅周野の応答の違いを詳細に解析する。高次視覚野から嗅内野に続く活動が見られたことから、印象に残った図形が記憶へと移行するシステムの一環が捉えられたのではないかと想定される。従って、行動的な学習実験等を併用して図形刺激に特別な意味を付与することによって、高次視覚野から嗅周野・嗅内野へと続くシステムが活動しやすくなるのではないかと思われる。学習実験を併用することによりこの予測を確認する。従来、聴覚と視覚を連合させることにより、図形認知を担う高次視覚野を同定するという方針を立ててきた。新しく見出された高次視覚野が、予め連想付けされた聴覚刺激にどのように応答するかを解析する。我々はマウスの図形認知機能をM字型の迷路を用いて行っているが、この方法は実験者がマウスの行動を直接制御するため、手間と時間を要する。そこで、マウスのホームケージに小型のディスプレイと二本の給水口(迷路の代用)を設け、マウスの飼育環境下で毎日行動解析を自動的に行う装置を開発中である。この自動行動実験装置を完成させ、高次視覚野を局所的に破壊したマウスの異常を詳細に解析し、図形認知を担う高次視覚野の位置を確定する。
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