研究課題/領域番号 |
16H01892
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
澁木 克栄 新潟大学, 脳研究所, 非常勤講師 (40146163)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 皮質盲 / 一次視覚野 / 上丘 / 視覚的意識 / 長期増強 |
研究実績の概要 |
高次視覚機能の活動は、視覚的意識と密接に関連していると考えられているが、両者の関係が具体的にどうなっているのか、詳細は不明である。意識的な視覚機能を研究するためには、言語による視覚的意識のレポートが可能な人間を解析対象としなければならない。視覚的意識が関与する現象の一つに盲視という現象がある。即ち一次視覚野が損傷されると皮質盲が生じるが、上丘または直接視床求心路から高次視覚皮質へ得られた視覚情報は一次視覚野を迂回するので、視覚的意識が障害されているにも関わらず無意識的な視覚機能(即ち盲視)が残る。しかし、意識的な視覚機能と無意識的な視覚機能は完全に独立ではない。例えば小動物において、捕食者の接近を示唆するLooming刺激は、上丘を介する無意識的な視覚情報を介して意識的な逃避行動を誘発することが知られている。人間の場合でも、顕著で動的な視覚刺激は、一次視覚野が障害された皮質盲の患者においても意識的な視覚体験を生じることが知られている。そこで我々は5年前の脳梗塞によって一側の視覚野が障害された皮質盲の患者の視覚機能について解析した。この患者の障害側視野に顕著で動的な視覚刺激を繰り返し提示しすると、本来は検出されにくい通常視覚刺激を検出する能力が短期的な増強を示した。繰り返し短期的な増強を誘発すると、通常視覚刺激を検出する能力が長期的な増強を示した。このような長期的な増強が誘発されたのちに、障害視野にひらがなを提示すると、患者はひらがなを部分的に読むことができた。以上の結果は、無意識的な視覚情報を処理する神経システムと視覚的な視覚情報を処理する神経システムの間には弱い神経結合しかないが、適切な刺激を与えることでこの結合が強化され、本来は無意意識的にしか処理されない視覚情報が意識されうることを示している。本研究の成果は皮質盲の治療に応用可能であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
マウスの高次視覚機能を行動実験によって解析するためには、高次機能を要する複雑な行動実験を行う必要がある。しかし、複雑な行動実験をマウスで行うためには課題の習得に数か月以上の時間が必要であり、現実的でないという問題がある。この困難を克服するため、マウスを飼育しながら水の供給と刺激の提示をリンクさせ、マウスが自動的に学習するようなシステムの構築をめざした。しかし、マウスは簡単な学習は習得するものの、複雑な学習課題を行おうとするとランダムな選択行動を行っても一定の確率で報酬の水が得られるということを学習してしまい、努力を要する困難な学習をしないという結果になってしまった。これは実験者が直接マウスを扱う場合は、マウスの覚醒度が非常に高く、最大限の能力が発揮されるのに対し、通常の飼育環境では、このような覚醒度を維持させることが困難であるという原理的な問題に帰着すると思われる。申請者は2019年3月一杯で新潟大学・脳研究所・教授を定年退官した。本来の計画では、定年退官までにマウスの自動学習実験装置を完成させ、定年退職後は完成させた装置を用いて省力化した行動実験を行う予定であった。しかし装置の完成がはかどらず、2018年度の配分額の一部を2019年度に繰り越して開発を続行した。しかしながら依然として装置の完成度を高めることができなかった。
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今後の研究の推進方策 |
申請者は定年退官後、市中病院の検査科専属医師として再就職し、その結果マウスを用いた動物実験を遂行することが困難になったが、その一方で患者を被検者として用いる臨床研究を行うことが容易になった。そのような環境の変化を利用して、実績欄に書いた成果を挙げることができた。マウスの自動学習実験装置に従事した経験を振り返ると、そもそも視覚的意識と密接に関係するような高次視覚機能をマウスで研究するのは非常に困難であった。これに対し、人間には言語によるコミュニケーションが可能であるという大きなメリットがある。即ち、実験内容を言語的に説明することで複雑な学習過程を省力することができる。また、マウスでは間接的に推定するしかなかった視覚的意識の内容を、被検者からの言語的なレポートを用いれば、容易に知ることができる。また、マウスでは餌や水などの生存に直接かかわるものを報酬として設定することで行動実験を動機付けるしかなかったが、患者の場合は症状の改善を動機付けとして用いることができる。以上の考えに基付き、皮質盲患者の治療を目的としたPCプログラム(医療用ゲーム)の開発を着想し、基盤研究C「医療用ゲームによる皮質盲診断・治療システム」(代表者:澁木 克栄、2020-2024年度)を申請し、採択された。即ちマウスの自動学習実験装置の開発研究は成功しなかったが、その経験やノウハウは患者を対象とする医療用ゲームの開発に役立てるつもりである。
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