研究課題/領域番号 |
16H02211
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
沙川 貴大 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 准教授 (60610805)
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研究分担者 |
藤井 啓祐 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (40708640)
田崎 晴明 学習院大学, 理学部, 教授 (50207015)
伊與田 英輝 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (50725851)
齊藤 圭司 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (90312983)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 孤立量子多体系 / 熱力学第二法則 / リソース理論 / 量子情報 / 情報スクランブリング |
研究実績の概要 |
沙川と伊與田は、29年度も引き続き孤立量子多体系の熱平衡化の研究を進めた。とくに、熱平衡化の機構として有力視されている固有状態熱化仮説(Eigenstate Thermalization Hypothesis, ETH)についての、大偏差原理と厳密数値対角化に基づく数値的研究を行った。その結果として、近可積分系を含む非可積分系においては、強い形のETHが成立するという直接的な数値的証拠が得らた。また、孤立量子多体系における量子情報のダイナミクスについての研究も行った。とくに、三体相互情報量という概念を用いて、スクランブリングの有無に関しては可積分系と非可積分系で定性的な違いはないことを明らかにした。 また近年、「熱力学的不確定性」という確率過程において普遍的と思われる熱力学的関係が提唱され、多くの議論がなされている。しかし確率過程以外のダイナミクスでの妥当性は、これまで検証されていない最重要事項の一つであった。齊藤は、量子電子輸送の舞台でその検証を行い、量子性が顕著になる領域や時間反転対称性が破れる古典系において、補正が必要なことを明らかにした。また、異常熱輸送における時間反転対称性の破れた可解モデルなども提唱した。 田崎は、熱力学的挙動の基盤となる大自由度量子系の基礎的な性質の研究に注力した。とくに、一次元系での低エネルギー励起に関する Lieb-Schultz-Mattis の定理の拡張を行った。さらに、有限系でのカノニカル分布とミクロカノニカル分布の等価性の新しい証明を得た。 藤井は、制約のある量子ダイナミクスの計算複雑性による特徴づけに関する研究成果を得た。純粋状態の量子ビットが1つしか利用できないようなDQC1モデルおよび、負符号問題が生じないハミルトニアンに制限した断熱量子計算の古典計算に対する優位性を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
沙川と伊與田は現在までに、ETHを系統的に検証する数値的手法を提案し、それを1次元量子スピン系において実演した。これは計画通りの成果である。さらに、ETHに基づく熱平衡化の研究では捉えきれない量子情報のダイナミクスに着目し、三体相互情報量を用いた数値的研究を行った。三体相互情報量はある意味ではエンタングルメントよりも精密に量子情報のダイナミクスを定量化できるため、これは平成28年度からの繰り越し課題であった「エンタングルメントの効果の数値的研究」についての期待以上の成果であったと言える。 齊藤はこれまでに、量子系と、量子系を研究するための土台となる古典系の熱力学的諸性質についての研究を行ってきた。現在のところ、熱力学的不確定性関連の研究や異常熱輸送の問題に関しては、当初計画通り、あるいはそれよいも早いペースで研究は進んでいると思われる。その意味で、研究進捗は極めて良好である。しかし、量子系の熱化の問題に関しては、問題設定の段階から吟味の余地がまだある状況である。 田崎の研究においては、とくにLieb-Schultz-Mattis の定理の拡張が、想定以上に可能であることが判明した。これは当初の計画以上の進展である。ただしこの進展に注力するため、ETHなどについてのモデルにの構築は、一部が平成30年度に繰り越しになった。 藤井の研究は、量子多体系のダイナミクスの量子計算理論を用いた特徴付けに向けて、順調に進捗している。とくに、負符号問題が生じないstoquastic(準古典確率的)ハミルトニアンの断熱量子計算の計算能力の特徴づけは、量子アニーリングマシンなどの計算機の潜在能力を知る上で重要な結果であると言える。 以上を総合すると、研究は当初の計画以上に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
沙川と伊與田は引き続き協力し、孤立量子系の熱化に関する研究を進めていく。また、狭義の熱平衡化にとどまらない情報スクランブリングについての研究も進める。さらに、熱力学リソース理論の考え方を取り入れた研究にも着手していく。 齊藤は、熱力学的不確定性の問題に関して、フルペーパーを書く予定である。その際とくに、量子熱輸送の場合と量子電子輸送の場合の違いに焦点を当てる。なぜなら、これまでの研究で量子統計性が重要になることが示唆されているからである。熱は基本的にボソン的に振る舞うので普遍的な関係が得られる可能性がある。また、量子系での量子操作の反跳効果とユニタリダイナミクスの実現性の関係など、これまでの研究を踏まえながら数学的にも綺麗な整理をしていきたい。 田崎は、引き続き大自由度量子系の基礎的な性質の研究に注力し、特に、量子スピン鎖における「対称性に保護されたトポロジカル相」を特徴付ける指数やトポロジカルな相転移の存在証明を得ることを目標に研究を進める。さらに、平成30年度に繰り越しになったETHなどについてのモデルにの構築についての研究を進めていく。 藤井は、stoquasticハミルトニアンの断熱量子計算の有限温度効果や雑音に対する耐性を調べる。また、横磁場イジングモデルへの帰着は未解決問題として残っているので、この問題に取り組む。また、並進対称性のある孤立量子系の実時間ダイナミクスに万能量子計算を埋め込む方法を検討し、ランダムユニタリ理論及び量子カオス理論への接続を試みる。
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