研究課題
本申請では、出芽酵母の核に含まれる1.2x107塩基対の核酸およびそれらの複製の細胞周期の各段階での核内分布を、100 nmを越える解像度で三次元的に可視化することを目指している。平成28年度は、間期G1と細胞分裂前G2/M期で三次元構造解明を目指し、X線自由電子レーザー施設SACLAにおいて、高速並進ステージを搭載したクライオ試料固定照射装置を用いて、低温X線コヒーレント回折イメージング実験を2回実施した。 試料は研究室で作製し、フローサイトメーターやセルソーターを用いて、可能な限り高い純度で、各段階の細胞を精製し、核を単離した。実験では、超高強度X線パルスによる試料爆散を考慮した速度で散布試料をスキャンし、大量の回折パターンを得た。開発した自動データ処理プログラムパッケージを用いて良質な回折パターン抽出し、多変量解析を利用した像回復スキームによって、投影電子密度図を得た。G2/M期の核については、個体差が平均化された核内三次元電子密度分布を分解能130 nmで明らかにし、DNAの分布を議論できるようになった。G1期の核については、2017年2月に実験を行い、現在、解析中である。SPring-8のBL29XUにおいては、高精度ゴニオメータ搭載クライオ試料固定照射装置とピクセルアレイ検出器を用い、散乱断面積の大きなG2/M期の原始紅藻細胞について試験実験を実施した。トモグラフィー実験用制御ソフトウエアを開発し、粒子を回転させつつ回折パターンを半自動で取得できるようになった。得られた回折パターンは20 nm分解能までスペックルパターンを示し、将来的には核よりも細胞一個の構造解析がシンクロトロン放射光を用いた場合に適切であるという感触を得た。データ収集したG2/M期の原始紅藻細胞については、まず、130 nm分解能で構造解析に成功した。
2: おおむね順調に進展している
本課題を開始する以前から、回折装置の開発やデータ処理ソフトウエア、構造解析ソフトウエアの整備などのハードウェア・ソフトウェア両面での開発を行ってきたこともあり、当初の予定に沿う形で研究が推移している。また、随時、回折装置の小改良や必要なソフトウェア開発、新規解析アルゴリズム考案などにより、コヒーレント回折イメージング実験全体の高度化を推進している。試料作製についても、事前の試験研究によって、湿度制御下で乾燥を防ぎながら調製可能となっている。特に、試料粒子吸着を促すためにpoly-lysine コートした窒化珪素薄膜上に試料懸濁液を展開して余剰な緩衝液を、スピンコーター、ブロッティングなどによって適切量に調整し、液体エタンで急速凍結するという調整手順は最良の段階に達した。X線自由電子レーザー実験ではスキャンでのヒット率を向上させるために7粒子/10×10 μm2程度の高密度で散布し、トモグラフィー実験用にはX線光路内に一個の粒子が存在するように吸着場所を指定できるようになっている。同調培養した出芽酵母(BY4741株)から所望の細胞周期で、出芽酵母細胞あるいは核標品を得るための設備・環境も整備されているので、多数回の試行的精製を経て、より良い精製方法の確立を目指している。また、標品懸濁液の粒子の均一性は動的光散乱装置を用いて確認し、緩衝液の等張性や温度管理に注意を払うとともに、蛍光顕微鏡観察で、サイズや粒子濃度を検定している。このような状況で、ビームタイムが適切に確保できていることもあり、初年度は、ほぼ所定の実験と解析を実施できている。装置開発、試料調製についてはすでに論文発表を行い、装置の性能を利用した生物試料の構造研究についても論文発表を行っている。また、各学会で進捗状況を発表するとともに、研究代表者は、国際会議、国内学会において招待講演を行った。
平成28年度は、G2/M期の三次元構造を明らかにするとともに、G1期についてもデータ収集に成功し、三次元構造を得る目途がたった。これら2つの状態については、RNase処理した核についても構造解析を行っており、DNAのみの分布、あるいはRNAの局在を解析できる可能性がある。また、三次元トモグラフィー実験では、試料の散乱断面積が実験の成否を左右することが明らかとなった。このような進捗結果から、平成29年度には、X線自由―電子レーザーを用いた実験においてG1およびG2期に関するデータを増やして、構造の高分解能化の可能性を探る。さらに、個体間の共通構造はどの程度の構造揺らぎがあるのかといった、解析における基礎的な事項の考察を進める。これらに加えて、SとM期についても、核を単離するための試験実験を実験室で開始し、補助的な測定として透過型電子顕微鏡も利用し、概形情報を得ることとする。SPring-8でのトモグラフィー実験も年2回実施し、現在試験試料としているG2/M期の原始紅藻粒子の三次元構造を100 nm以上の分解能で解析することを試みる。トモグラフィー実験では、1週間程度のビームタイムで、可能な限り多数の回折パターンを得て分解能の向上に努める。そのために、ビームタイム前の装置搬入や装置アラインメント手順を確立し、自動データ収集のための装置制御ソフトウエアの高度化に努め、限界放射線量、分解能と回折パターンのS/N比を考慮しながら実験を行う。この実験で得られる経験に基づいて、酵母細胞一個の構造解析を視野に入れたい。X線自由電子レーザーを用いた実験で得られる個体平均構造と、シンクロトロン放射光を用いた個体の三次元電子密度分布を比較し、細胞周期の各段階における細胞核の普遍的構造と細胞核の構造個性を明らかにしてゆく。
すべて 2017 2016 その他
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (12件) (うち国際学会 5件、 招待講演 5件) 図書 (1件) 備考 (1件)
Journal of Biochemistry (Tokyo)
巻: 161 ページ: 55-65
10.1093/jb/mvw052
Journal of Synchrotron Radiation
巻: 23 ページ: 975-989
10.1107/S1600577516007736
Review of Scientific Instruments
巻: 87 ページ: 053109(15)
10.1063/1.4948317
https://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2016/osa3qr000001ozih.html