研究課題
本申請では、出芽酵母やバクテリアの三次元構造を、薄片化処理や化学修飾することなく、光学顕微鏡の分解能200 nmを越える解像度で三次元的に可視化することを目指している。平成29年度は、間期G1と細胞分裂前G2/M期で三次元構造解明を目指し、高速並進ステージを搭載したクライオ試料固定照射装置を用いたX線自由電子レーザー低温X線コヒーレント回折イメージング実験を2回実施した。これら実験では、集光XFELパルスの干渉性を正しく評価できる方法を考案して光学系の調整を行い、その有効性を確かめた。回折パターンから信号対雑音比に優れたものを選別し、多変量解析や、平成29年度に考案した像回復の成否を判定するスコアを用いて最も確からしい投影電子密度を得、100 nm程度の分解能で三次元構造の再構成を行った。特に、G2/M期の核内では、核小体と同定できる電子密度周辺に、染色体と考えられる電子密度の規則的な分布を見出すことができた。SPring-8のBL29XUにおいては、高精度ゴニオメータ搭載クライオ試料固定照射装置とピクセルアレイ検出器を用い、散乱断面積の大きなG2/M期、散乱断面積の出芽酵母とG/M期の原始紅藻細胞について低温トモグラフィー実験を実施した。いずれの試料でも50 nm分解能を超える回折パターンの収集が可能であり、2日以内にデータ収集を完了することができた。低温凍結試料作製では、長動作距離望遠鏡を用いて、凍結試料作製の成否を研究室内で事前に判断できるようになった。また、試料粒子を窒化シリコン薄膜に吸着させる際の余剰な緩衝液の除去において、過度な除去が細胞の変形をもたらすことが三次元再構成によって明らかとなった。さらに、同一試料の長時間露光から、5ミクロン程度の細胞試料について、許容照射線量の制限下での構造解析の分解能が20 nm程度であることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
本課題では、X線自由電子レーザーを用いた回折イメージング実験から、細胞に共通な構造を見出すこと、シンクロトロン放射光を用いた回折イメージング・トモグラフィー実験から、個々の細胞の個性を反映した構造を見ることを主眼に研究を行っている。本課題の申請前から、回折装置の開発やデータ処理ソフトウェア、構造解析ソフトウェアの整備など、ハード・ソフト両面での開発・整備していたため、実験はルーチンで行える。しかしながら、必要に応じて、試料作製方法の改善、回折装置の小改良や新たな測定に必要なソフトウェア開発、新規解析アルゴリズムの考案・実用化などによって回折イメージング実験全体の高度化を行っている。特に、平成29年度は、凍結試料作製の成否を判定するために長動作距離望遠鏡を整備することで、試料作製成否の事前判定が可能となった。このような状況で、XFELおよびシンクロトロン放射光実験ともに、年2回のビームタイムが確保し、当初の目的達成に向けて、順調な実験と解析を行っているところである。平成29年度には、XFEL実験においてこれまで正しく評価できていなかった集光ビームの空間コヒーレンスを正しく評価する方法を開発・実用化し、また、位相回復した大量の電子密度図から最も確からしいものを自動で選別可能なスコアを考案して、それぞれ論文発表を行った。これら実験・解析手法全体の高度化によって、現在、一回のビームタイムで複数個の細胞について三次元再構成を可能とするのに十分な回折パターンを取得できる状況にあり、X線回折イメージングの普及に向けた礎が整いつつある。得られた細胞の三次元構造については、その生物学的な含蓄を議論・検討するべく、関連する学会において進捗状況を発表し、関連学術分野研究者からのアドバイスを得ている。また、研究代表者は、国際学会、国内学会において招待講演を行って、研究成果を公表している。
平成28年度と平成29年度に得られたデータに対する構造解析が最終段階にあり、平成30年の夏を目途に、それらの結果を論文として投稿する予定である。具体的には、シンクロトロン放射光を用いたトモグラフィー実験装置とそれを用いた実験に関する総合的報告、XFELを用いた酵母核内の物質分布と、関連微生物として用いたシアノバクテリアの三次元構造である。これらの立体構造を蛍光顕微鏡によって見ることは不可能であるため、生物学的なインパクトを十分考慮した論文を公表したい。実験面では、シンクロトロン放射光を用いるトモグラフィー実験に力点を置いて、これまでに開発してきた試料作製、測定シーケンス及び構造解析それぞれの高度化を実施する。回転ゴニオメーターステージの微小な歳差運動は10ミクロン/360度程度であるため、実験の際には、試料を回転させる毎に垂直・水平方向のスキャンを行って、X線ビームに対する試料位置を精密化している。この作業は、全露光時間と同程度の時間を要するため、これまでの実験で明らかになった回転ステージの癖を数値化して、自動化を図り、より効率的な測定を目指す予定である。また、トモグラフィー実験で得られる酵母細胞丸ごとの構造からは、核内の物質分布が部分構造として得られるので、すでに得られているXFELによる平均核内の物質分布と比較することで、XFELを用いた細胞に共通な物質分布図の正当性を担保したいと考えている。さらに、平成29年度の実験と解析から明らかとなった放射線損傷許容限界に達する分解能20 nmでの構造解析を可能とする測定を試みたい。得られる回折パターンについて三次元回折強度分布の再構成方法を改善しながら、三次元電子密度の精密化アルゴリズムを考案したい。この測定と解析によって、これまで細胞生物学分野で達成できなかった細胞一個の20 nm分解能構造解析を実現したいと考えている。
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