研究課題
完新世~後期更新世の定量的古気候研究は,長期的気候変動予測を目的として近年盛んになりつつあるが,日本列島周辺での陸域古気候データの整備はあまり進んでいない。そこで,本研究では,日本列島に発達する石筍を対象に,従来型の分析(酸素安定同位体・微量元素)に加えて新規同位体測定技術を適用し,その分析結果から完新世~後期更新世の日本列島での気温・降水量変動の復元を試みる。当初は平成28年度内に行うべき「凝集同位体測定システムの整備」はやや遅れたものの,雇用した学術研究員を中心にほぼ達成され,海外研究機関と同等の精度での測定が可能になった。現時点までに,合成方解石と温度条件が分かっている天然試料(トゥファ)の測定結果をもとに,炭酸凝集同位体ー温度の換算式を導くことに成功した。さらに,広島県産の石筍に対して試験的に行った分析結果では,最終氷期と完新世中期の気温差が約10℃と見積もられた。野外調査では,三重県・岐阜県・静岡県においてウラン濃度が高い石筍試料を採集することができた。これらのうち数本の年代が台湾大学の沈川洲教授の研究室で測定され,古気候研究試料として極めて有望であることが確認された。最も古い石筍試料は19万年前から形成が開始したものであり,現在よりも暖かかったとされる1つ前の間氷期の記録を保存している。三重県と岐阜県の試料では,酸素同位体比の分析も進められた。2つの石筍試料は約8万年前からほぼ連続的に形成したものであり,氷期に特有な数1000周期で起こるハインリッヒイベントを明確に記録していた。また,その長期的変動傾向は全球的氷床体積に支配される海水の酸素同位体比変動を追従していることが示され,石筍同位体が水蒸気ソースの同位体変動を反映していると解釈された。この効果を差し引くと,石筍酸素同位体の変動幅は著しく小さくなり,気温変動のみで説明できることが分かった。
2: おおむね順調に進展している
「凝集同位体測定システムの整備」はやや遅れたものの,いくつかの科学的成果が達成された。特に重要だったのは,三重県・岐阜県で採集した石筍の酸素同位体の研究である。中国などの石筍研究では酸素同位体比は降水量変動を反映しているとされてきたが,私たちの分析結果からは,日本列島(特に太平洋沿岸地域)での石筍酸素同位体比は,1) 水蒸気ソースである海水の同位体変動と,2) 水ー炭酸塩の分別効果を支配する温度の変化を記録していると結論づけられた。最終氷期と完新世中期の気温差は9℃,ハインリッヒイベントでの寒冷化幅は3℃と見積もられた。これは,従来の石筍古気候学の常識を変える成果であり,近日中にQuaternary Science Review誌に受理されるものと思われる。また,「凝集同位体測定システムの整備」は完全には終わっていないものの,国内の研究室としては初めて凝集同位体ー温度換算式を提示することができた。この成果はGeochimica Cosmochimica Acta誌に現在投稿中である。さらに,第四紀古気候や同位体測定技術に関する複数の論文を学術誌に掲載することができた。以上を鑑みると,分析環境整備の遅れを差し引いでも,研究全体として順調に進展していると評価できる。
今後は静岡県などで採集した未分析の石筍試料を対象として,各種分析を進めて,日本列島の陸域古気候に関する新たな知見を得る。また,凝集同位体に加え,共同研究者の協力のもとで「流体包有物の酸素同位体分析」を進める予定である。これは,今回新たに得られた「水蒸気ソースである海水の同位体変動の影響」を検証する上で本質的なデータを検証する。さらに,凝集同位体の分析環境の効率化を進め,多くの石筍試料を測定することにより,古気候データの定量性を高める方針である。
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