研究課題/領域番号 |
16H02340
|
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
藤巻 朗 名古屋大学, 工学研究科, 教授 (20183931)
|
研究分担者 |
赤池 宏之 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (20273287)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 半磁束量子 / 単一磁束量子 / 磁性ジョセフソン接合 / 超伝導集積回路 / 位相エンジニアリング |
研究実績の概要 |
本研究は、強磁性体(F)を超伝導体(S)の間に挟み超伝導弱結合を生み出す磁性ジョセフソン接合の高度化とその回路応用に関する研究である。磁性層の交換相互作用により、その膜質や膜厚の条件が整うと、超伝導体から染み出した電子の波動関数の位相が反転する。この状況でSFS構造を形成すると、初期位相差がpiだけ異なるジョセフソン接合、すなわちpiシフトジョセフソン接合ができる。当然0シフトジョセフソン接合も具現化できる。本研究では、この0/piシフトジョセフソン接合を適切に組み合わせることで、半磁束量子論理回路を構築する。従来の単一磁束量子回路と比較し、低消費電力性と高機能性が期待できる。 平成28年度は、0/piシフトジョセフソン接合の作り分け技術の確立に加え、高速動作の指標となる接合の品質パラメータ(戻り電圧)、特性の面内ばらつきについて評価した。強磁性体として、Niを11%含むPdNi合金を使い、SFS構造ならびにSFIS構造(Iはトンネル障壁層)を持つ磁性ジョセフソン接合を作製した結果、PdNi膜厚が9nmと10nmの場合にpiシフト接合、それ以外は0シフト接合となることが分かった。SFS構造は高速性の指標となる特性パラメータが非常に小さく、スイッチング素子としては使えない。そこで、SFIS接合を回路応用に利用することとしたが、臨界電流値や戻り電圧が1桁目標値に及んでいない。しかしながら、これはI層を薄くすることで容易に改善できると考えている。また、特性の面内ばらつきは非常に小さく、集積回路に用いることに支障がないことが分かった。 半磁束量子回路は、その回路構成法が確立していない。そこで、まずは数値解析により簡単な半磁束量子回路の動作を検討した。その結果、初期条件がポテンシャルの鞍点に位置する場合があり、回路の初期条件を意図した値に設定する手法の確立が急務であることが分かった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成28年度は、半磁束量子回路を構成する基本技術として、超伝導ループの位相を任意に設定する位相エンジニアリング技術を、強磁性体を直接利用する方法と磁性ジョセフソン接合を利用する2種類で検討した。最終的には、後者で半磁束量子回路を構築することが求められるが、強磁性体を用いる方法は、半磁束量子回路をうまく模擬できるほか、現在の技術である程度の集積回路が研究できる。また、強磁性体パターンの加工技術等は磁性ジョセフソン接合作製技術で確立されている。「9.研究業績の概要」ですでに述べたように、磁性ジョセフソン接合の研究はおおむね順調に進み、また回路に関する研究も順調に進んでいる。そこで、強磁性体による位相エンジニアリングを利用して、計画には記載していなかったさまざまな回路応用を試みた。 半磁束量子回路並びに単一磁束量子回路のボトルネックの1つが、ミリオームオーダーの負荷となる超伝導回路に、比較的大きな直流電流を供給する電源回路であった。通常の電源を用いると、電源での電力損失が超伝導回路の100倍~1000倍となり、超伝導回路の低消費電力性が損なわれる。これを回避するには、100MHzから1GHzの交流を超伝導回路に供給し、そこでトランスによりインピーダンス変換をしたのち、整流回路によって直流に変換することが効果的である。しかしながら、従来は閾値電圧0Vの整流素子が存在していなかったため、実現できなかった。本研究では、長い接合と強磁性パターンの残留磁化を利用し、低温回路向けの整流素子を実現した(特許申請済)。また、強磁性体パターンの磁化の向きを外部制御電流により反転させることで、ルックアップテーブルのような書き換え可能な論理演算の実証を行った。
|
今後の研究の推進方策 |
SFIS構造のpiシフトジョセフソン接合については、高速回路に必要な臨界電流密度と品質パラメータ(戻り電圧)がまだ得られていない。そこで、平成29年度前半は、トンネル障壁層として働いているAlの熱酸化膜を、酸化条件を緩和することで薄くすることを試みる。平成28年度の実験で、すでに酸化条件はある程度は把握していることから、目標の達成は可能と考えている。また、平成29年度後半には、これまで評価されてこなかった接合の容量の評価を、SQUID共振法を用いて行う。接合容量が明らかになることで、piシフトジョセフソン接合の正確な等価回路を表記できるようになる。 半磁束量子回路の解析は、これまで微分方程式を数値的に解く形で実施してきたが、これを回路シミュレータに置き換える。回路シミュレータの開発は、既存のSPICEベースのシミュレータを変更することで実施される。開発自身は、横浜国立大学のグループが手掛けており、現在、我々の数値解析結果と一致するかどうかを検証することで、その有効性を評価している。今後は共同で開発を進め、上記実験で得られたpiシフトジョセフソン接合の正確な等価回路モデルを取り込み、回路解析を進める。これを通して、半磁束回路の特色の明確化、すなわち、従来の単一磁束量子回路との比較の上で、適切な論回路構成法の提案、消費電力低減化の定量的評価、高速性の定量的評価を進める。 強磁性パターンを利用した位相エンジニアリングも積極的に進める。再構成可能な信号処理回路の実証を目指すほか、残留磁化と環境雑音を利用した極限的な低消費電力回路の可能性を検討する。
|