研究課題/領域番号 |
16H02387
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
大谷 博司 東北大学, 多元物質科学研究所, 教授 (70176923)
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研究分担者 |
飯久保 智 九州工業大学, 大学院生命体工学研究科, 准教授 (40414594)
徳永 辰也 九州工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (40457453)
榎木 勝徳 東北大学, 多元物質科学研究所, 助教 (60622595)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 状態図 / 遺伝的アルゴリズム / 第一原理計算 |
研究実績の概要 |
近年,第一原理計算による原子配置や格子振動のエントロピーの計算手法が確立され,有限温度の物性値を計算状態図に応用することが可能になってきた.一方,第一原理計算は構造と原子番号の情報を与える必要があり,実験によって同定された結晶構造の情報が不可欠であるため,未知の系においてその安定構造を予測することが困難であった.しかし遺伝的アルゴリズムを活用した計算手法によって,安定・準安定の構造群の自動探索が可能になりつつある.したがって、この手法と有限温度の計算を併用することにより,全く未知の系でも実験的情報を必要とせずに理論状態図を作成する手法を構築できると考えられる.本研究ではその実現可能性を検討するために,既知の合金系についてこの手法を試行し.得られた状態図の比較を行った.H29年度は,Fe-Ni-Siの三元系を対象として, 理論状態図の作成を行った.構造のエネルギー計算には第一原理計算コードVASPを用い,それらをもとに遺伝的アルゴリズムによって安定・準安定構造を探索した.得られた各構造の組成とエネルギーから,エネルギーの最も低い構造を結んだconvex-hullを求めることで安定構造を特定した.この結果を実験的に決定された合金状態図と比較すると,固溶領域の存在や三元化合物の安定性など相違点はあるものの,対応する相も多くみられ,全く実験値を用いない結果である点を踏まえると,状態図のプロトタイプを構築する方法として有望な手法であることが確認できた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H29年度は,Fe-Ni-Siの三元系の遺伝的アルゴリズムを活用した構造探索を行い,探索された構造,もしくは既知の構造に関して格子振動を考慮したエネルギーの温度依存性計算を行った.その結果から各系における構造の安定性を評価し,以下の知見を得た.すなわち,遺伝的アルゴリズムを用いた構造探索によって全組成範囲の構造探索を行う場合には,組成を固定した構造探索の場合と比較して各世代の中の個体数を適度に多く設定する必要があることが明らかになった.また固溶幅を示す化合物が存在する系については,格子振動の効果だけでなく,高温で影響が大きくなる混合のエントロピーなどを考慮する必要があることもわかった.Fe-Ni-Si3元系において,各構造に格子振動の効果を導入することによって求めた有限温度での安定構造は実験的に報告されている等温断面図と概ね一致した.さらに,系の初期構造を構築する際に,あらかじめ機械学習やデータベースを活用することによって,考慮すべき可能性のある結晶構造を探索して,それを初期構造に入力することによって,状態図の計算精度が格段に向上することが明らかになった.このように,H29年度に取り上げた遺伝的アルゴリズムを用いた構造探索とconvex hullに基づいた理論状態図の計算によって,有限温度における相平衡を予測する手段として活用できる可能性が示されたと考えている.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究により,遺伝的アルゴリズムによって基底状態の安定構造を探索するための計算条件について考察した.その結果,初期構造の選択と各世代における構造の候補をできるだけ多く準備する必要があることがわかったので,計算資源の拡張を行って,これらの問題に対処した.この研究項目は本年度も継続して行っていく.次に探索された基底状態における安定構造について,電子論計算により自由エネルギーに対する温度依存性を導入し,有限温度での相平衡を計算する.有限温度の自由エネルギーに大きな寄与をもつのは格子振動に起因する成分である.格子振動に起因する有限温度の自由エネルギーを計算するには,第一原理計算を使って絶対零度におけるフォノンの状態密度を計算し,次に有限温度の状態をボーズ-アインシュタインの分布関数を用いて導出する.さらに,より高い精度で自由エネルギーを計算するために,準調和近似を用いて格子振動を調和振動として取り扱い,フォノンのエネルギーに体積依存性を導入する.一方,この手法によって探索される構造は化学量論化合物だけであるが,もとより状態図として完成させるためには,非化学量論性の固溶体と液相の存在を無視することはできない.そこでこれらの相の自由エネルギーを導入することを計画する.まず固溶体については,自由エネルギーに大きな寄与をもつ固溶による原子サイトのランダムネスを正確に取り入れるために,多数の規則構造について計算された凝集エネルギーをクラスターで展開し,クラスター変分法で有限温度の固溶体の自由エネルギーを決定する.また液体状態については,最近,液体状態が気体成分と固体成分から構成されると近似するtwo-phase modelが提案され,合金液体の熱力学物性の予測が可能になりつつある.そこで本研究でもこの手法を適用して,理論状態図に液体状態を含めるための準備を行っていく.
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