研究課題
本研究は脳神経回路地図が明らかになっている線虫が示す飼育温度探索搾取行動に注目し、脳神経回路において意思決定過程を経て行動を選択するという一連の情報処理メカニズムの解明を目的とする。詳細な定量行動解析を基盤として、完全に構成神経細胞が明らかとなっている神経回路の中の特定の神経細胞を機能低下させた影響を解析することは、複雑な制御メカニズムから成り立っている行動制御を紐解くために必須である。本年度は、昨年度のmulti worm trackerを用いた定量解析の結果を基盤としてさらに解析を発展させることで、神経回路の機能地図として理解を進め、上記の研究目標を達成するための着実な進歩を得た。また同時に、単一神経細胞の解像度で神経活動計測を実施し、特定の神経細胞の活動と、他神経細胞や行動との関係を解析した。この成果と行動の定量解析で得られた結果と合わせることで、単一神経細胞-神経回路-行動を繋げる包括的な理解が進んだ。さらに数理的手法を実際の実験データに適用するフレームワークの構築と、その解析結果から得られる描像を得ることで、異なる神経細胞間の活動に時間ずれがある場合でもその関係性を定量的に評価することが可能となり、その結果、温度刺激などの外界からの入力がどのように神経回路で処理されているかということが明らかになってきた。異なるアプローチを組み合わせることで、上記の目標達成に着実に近づいており、さらに今後の発展が期待できる技術基盤の形成と実験結果をえることができた。
2: おおむね順調に進展している
初年度に進めたMulti Worm Trackerを用いた記憶温度探索中の行動解析を基盤として、細胞特異的にCaspaseを発現させ、神経回路における特定の神経細胞の役割を解析する摂動実験を進めた。前年度から引き続く大規模な一連の摂動実験により、これまで想定されていた神経回路の機能的地図を塗り替える新たな知見を得た。また本研究で着目している探索搾取行動について、特徴となる等温線上を継続して探索する行動の解析方法を開発し、それを用いてどの神経細胞が探索搾取行動に関わるかを解析することで、探索搾取行動の制御に寄与の高い神経細胞を同定した。さらに本研究で着目している感覚神経細胞の情報を統合すると考えられるAIY神経細胞について、感覚神経細胞の神経活動と同時に活動を計測する実験系を構築した。これにより、様々な条件でこれらの神経細胞の相互作用がどのように起きているか解析することが可能になった。数理解析手法についても、二つの時系列シグナルについて時間ずれを考慮して比較する解析方法を、得られたカルシウムイメージングデータに適用できるよう実装を進めた。これにより、観察者が目で見て直感的に把握していたシグナルの違いを定量的に解析する方法論の確立ができた。本年度新しく得られた実験結果と開発した解析方法は、これまでに確立している温度探索行動の解析方法と組み合わせることにより研究目標の達成に大きく貢献する。
温度を受容する感覚ニューロンAFDと、そのシナプス後ニューロンである介在ニューロンAIYの動的な相互作用が、どのように温度嗜好性をコードしているかを明らかにすることが本研究のテーマである。線虫の温度嗜好性は、過去の飼育経験(すなわち餌の有無)によって切り替わる。餌のある環境で一定温度で飼育された線虫(飽食個体)は、餌のない温度勾配上に置かれると、過去の飼育温度に向かって移動し、飼育温度付近にとどまる。一方、一定温度で飢餓を経験した線虫(飢餓個体)は、温度勾配上において飼育温度を避けるような行動を示し、温度勾配上を探索するような行動戦略をとる。過去の我々の分子遺伝学的研究によれば、この行動戦略のスイッチングには、感覚ニューロンAFDと介在ニューロンAIYの相互作用が重要な役割を果たしていることが示唆されている。しかしながら、AFDおよびAIYのカルシウムダイナミクスを同時に計測してその相互作用を定量化し、飢餓による相互作用の変容をとらえ、飽食個体と飢餓個体の行動戦略のスイッチングを説明することはいまだ十分になされていない。次年度は、感覚ニューロンAFDと介在ニューロンAIYの動的な相互作用が飢餓経験によってどのように変容するのかを明らかにするため、飽食個体と飢餓個体に時間変化する温度刺激を与えながら、AFDとAIYの同時イメージングを行い、数理的な手法によって応答の時間差や位相差を検出して、動的相互作用を定量化することをめざす。数理解析においては、タイムラグ相関解析のために非定常なシグナルに対する相互相関解析をおこなうとともに、ヒルベルト変換を用いてAFDとAIYの振動シグナルの位相差をとらえることを目指す。
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