研究課題
ストレス順応性は、数多くの動植物で観察されていることから、恐らく全ての生物が有する生理現象と考えられる。しかし、その誘導に関わる分子機構についてはまだ良く分かっていない。本研究では、これまでの予備実験によって、前述のNATがストレス順応性誘導に関わる生理活性因子であるという証拠を得られた為、ストレスによるアワヨトウ幼虫体内におけるストレス依存的NATの合成分泌機構、NATによるストレス順応性誘導分子機構、さらに、NATやNAT誘導体のアワヨトウも含め複数の動物に対する生理機能などについて解析を進めている。今年度の研究は、主に、ストレスによるアワヨトウ幼虫体液中のNAT濃度上昇の分子機構の解析、さらに、NATのアワヨトウ以外の昆虫への生理作用について解析を行った。まず、これまでの研究結果より予想されていたNAT合成分泌に必須の第9神経節由来活性因子の単離と性状分析を行う過程で、従来の予想の不正確さが明らかになった。具体的にはカリヤコマユバチによって寄生されたアワヨトウ幼虫第9神経節から3段階からなる逆相系C18-HPLCカラムクロマトグラフィー(Mightysil RP-18,GP250, KANTO→Symphonia, JASCO→Unison UK-C18, Imtakt)によって精製し構造決定できた3-hydroxykynurenineが第9神経節以外の神経節にも存在することが明らかになった。そこで3-hydroxykynurenineのストレス順応性誘導活性を測定した結果、期待したほどの活性を見出すことはできなかった。アワヨトウ以外の動物ということで、西洋ミツバチを用いてNAT投与による影響を検討することとした。主に、若いワーカーを用いて、巣から取り出し虫籠に移して飼育する(女王蜂からの)隔離ストレスを与えた。その過程で、NAT投与した場合の影響を評価した。
2: おおむね順調に進展している
3-hydroxykynurenine注射によるストレス順応性上昇効果は期待値よりも低いものであった。さらに、第9神経節に特に高濃度存在するものと予想していたが、予想に反し他の神経節(第8神経節など)にも第9神経節に匹敵する量の3-hydroxykynureninが存在することが判明した。そこで、出発点に立ち返り、第9神経節抽出液によるストレス順応性誘導活性を、再度、他の神経節抽出液と比較した。その結果、第7神経節、第8神経節にも第9神経節と同程度のストレス順応性誘導活性が存在することが明らかになった。また、脳にも同様の活性が検出された。以上の事実から、ストレスを受けた幼虫の脳でNAT生合成・分泌誘導活性を有する活性因子が先ず合成され、その後、第7~第9神経節へ輸送された後に、体液中へ分泌されるのではないかという仮説を立てた。これについては、今後、検証する必要がある。NATが西洋ミツバチの若いワーカーに対してストレス順応性誘導活性を示すかを検証した。まず、巣から捕獲し虫籠に移して蜂蜜水を与えつつ飼育した場合、7~8月の夏場でもおおよそ2~3日でほぼ100%の致死率であることを確認した。9月以降の秋から初冬になると、さらに早く(12時間~30時間程度で)100%の致死率となった。すなわち、女王からの隔離、さらには、人工的な閉鎖空間での飼育は彼らに強度のストレスを与えることを確認できた。次に、0.001mmol/wasp 量のNATを注射して同様のストレスを与えたところ、生理塩水を注射したコントロール個体群よりも早く死ぬことが分かった。そこで、注射の代わりに経口投与を行った。一定濃度(100mM-0.01mM)のNAT含有蜂蜜水を与えたワーカー個体を上記同様の隔離ストレス状態で飼育した結果、10mM-1mM NAT投与群で明らかなストレス順応性増強が検出できた。
以下の2種類の研究を並行して進める。1、分泌・作用機構解析研究 昨年度の研究によって、アワヨトウ幼虫の第7~9神経節にはNAT生合成・分泌を促す活性因子が存在することを証明した。脳にも類似の活性因子が存在することから、脳内の神経細胞が産生した因子が第7~9神経節へ輸送され、そこから分泌されるものと考えている。この点を検証すべく、脳-神経節より活性因子の単離・精製を目指す。また、神経細胞由来の活性因子が、NAT産生組織を刺激することによってNATの合成・分泌がなされるものと予想しているが、この点についても検証する。具体的には、第7~9神経節と各種器官(脂肪体、外皮、中腸、後腸、血球など)を共培養し組織あるいは培地中にNATが現れるかどうかを確かめる。この時、予めストレスを与えたアワヨトウ幼虫由来の神経節とストレス未経験の幼虫の神経節で、その効果を比較することによって上記の作業仮説の検証を効率よく遂行できるものと考える。2、NAT構造解析研究 昨年度、NAT生合成系のキーエンザイムをN-acetyltransferaseと予想し、キイロショウジョウバエの当該酵素候補遺伝子のRNAiによる発現抑制系統を作出し、そのトランスジェニック体のストレス順応性能について解析した。その結果、特定の中腸細胞 (enteroendocrine cells)でRNAiを行なったトランスジェニック体はコントロール系統に比べ有意な順応性能の低下が検出できた。しかし、他の細胞(例えば、真皮細胞や脂肪体細胞など)でRNAiを行なった系統では、そうした順応性の低下は観察されなかった。今年度は、引き続き、他の組織細胞でのN-acetyltransferase遺伝子のRNAi系統を作出し、詳細な解析を進める。有機合成による高ストレス順応性脳を示すNAT誘導体の探索についても引き続き継続する。
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