研究課題
タンパク質、核酸、糖質と並び生命の根源的物質である脂質は、食品から摂取される重要な環境因子であると同時に、生体内で常に代謝を受け、時空間的に生命応答を制御する環境応答因子でもある。申請者はこれまでに、脂質代謝のボトルネック酵素であるホスホリパーゼA2 (PLA2)の解析で国内外の当該研究領域を牽引してきた。本研究ではこれまでの研究を継続発展させ、各PLA2および類縁分子群(PLA2関連リパーゼ群と総称)の生体内機能および疾患との関わりを解明することを目的とする。申請者が導入してきたPLA2関連リパーゼ群の遺伝子改変マウスの表現型を網羅的に精査するとともに、リピドミクス解析を通じて各酵素の標的脂質ならびに代謝産物を同定することにより、当該分子群により動員される脂質の役割を体系化し、脂質を基軸とした健康環境調節の統一的理解を目指す。具体的には、(1) 皮膚バリアの恒常性と疾患に関わる新規脂質経路、 (2) 消化管上皮の恒常性と疾患に関わる新規脂質経路、(3) 局所脂質代謝を介した遠隔組織変容、(4) 生体膜リン脂質の新規環境整備機構、に焦点を当て、それぞれに関連するPLA2関連リパーゼ群の機能とそれが担う脂質代謝を解明する。当該年度の成果としては、(1)皮膚と(2)大腸に関連するPLA2関連リパーゼ群の新しい機能をいくつか同定し、その一部を論文発表するとともに、(1)~(4)各項目に関して本研究の発展・展開へと繋がる新しい表現型を複数発見した。
2: おおむね順調に進展している
1. 皮膚バリアの恒常性と疾患に関わる新規脂質経路:表皮特異的酵素PNPLA1は皮膚バリアに必須の角質脂質であるアシルセラミドの生合成に関わること(Nat Commun 2017)、リンパ節の樹状細胞に発現しているPLA2G2Dはω3脂肪酸代謝物を動員して免疫応答を抑えるため乾癬を抑える反面、抗腫瘍免疫が低下するため皮膚癌を増悪すること(J Biol Chem 2016)、毛包に毛周期依存的に発現するPLA2G2Eは体毛の質の調節に関わること(J Biol Chem 2016)、を報告した。さらに、本研究の過程で新たに浮上してきた複数のリパーゼの欠損マウスを新規に作出した。2. 消化管上皮の恒常性と疾患に関わる新規脂質経路:当該年度冒頭に論文発表したcPLA2α、sPLA2-Xの大腸炎抑制作用に加えて(J Biol Chem 2016)、新たにPLA2G3が炎症促進性・腫瘍促進性のリゾリン脂質を産生して大腸炎、大腸癌の促進に関わることを発見した。3. 局所脂質代謝を介した遠隔組織変容:皮膚特異的PLA2G3欠損マウスにおけるアトピー皮膚炎、喘息の増悪を精査し、皮膚バリア異常から2型免疫へのアレルギーマーチに関する脂質の新しい役割を解明した。また、腸管限局型酵素PLA2G2Aの欠損マウスにおいて腸内細菌叢が変化すること、遠隔臓器(皮膚)の癌やアレルギーが改善することを見出し、双方を結ぶ要因を探索中である。4. 生体膜リン脂質の新規環境整備機構:生体膜の既存リン脂質を構成単位に細断し再利用するリン脂質再生経路を解明する。当該年度は、PNPLA8-PNPLA7経路が肝臓においてリン脂質再生経路に関わることを実証するとともに、神経系における役割解明に着手した。さらに、PNPLA7と同一反応を触媒するPNPLA6、PNPLA7の下流で働くGDE5の欠損マウスの作出を進めている。
1.皮膚バリアの恒常性と疾患に関わる新規脂質経路:本研究の過程で新たに作出した複数のリパーゼ(PLA2G4D, PLA2G4E, PNPLA5, LIPN, ABHD12B等)の欠損マウスの皮膚の表現型解析ならびにリピドミクス解析を行い、皮膚疾患と関連する新しい脂質代謝経路を同定する。2.消化管上皮の恒常性と疾患に関わる新規脂質経路:高脂肪食負荷による大腸の慢性炎症は肥満の原因となる。この観点から、大腸上皮に発現しているPLA2G3、PLA2G10の肥満における表現型を確立し、大腸炎との関連を明らかにする。また、大腸上皮に高発現している新規酵素PLA2G4Fの欠損マウスにおける大腸の表現型を調べる。3.局所脂質代謝を介した遠隔組織変容:皮膚特異的PLA2G3欠損マウスにおける皮膚バリア異常からアトピー皮膚炎、喘息へのアレルギーマーチの概念を確立し、その要因となる脂質代謝経路を同定する。また、PLA2G2A欠損マウスにおける腸内細菌叢の変化がいかに皮膚癌やアレルギーの改善に結びつくのかについて解明する。大腸に発現している他の酵素(PLA2G3, PLA2G10等)の腸内フローラ解析も併せて進め、全身の表現型への影響を比較検討する。4.生体膜リン脂質の新規環境整備機構: PNPLA8-PNPLA7経路の肝臓、脳、及び他の組織(例えば免疫系)における役割について、コンディショナル欠損マウスを駆使して検証・確立する。さらに、新規作出したPNPLA6、GDE5の欠損マウスの表現型を調べる。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (11件) (うち国際共著 4件、 査読あり 8件、 謝辞記載あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (19件) (うち国際学会 5件、 招待講演 9件) 図書 (1件) 備考 (1件)
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