研究課題/領域番号 |
16H02838
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研究機関 | 東北学院大学 |
研究代表者 |
伊藤 一仁 東北学院大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (80443167)
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研究分担者 |
森 周司 九州大学, システム情報科学研究院, 教授 (10239600)
松尾 行雄 東北学院大学, 教養学部, 教授 (40323117)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 聴覚 / 骨導知覚 / 老人性難聴 / 蝸牛増幅機構 / 可聴上限周波数 |
研究実績の概要 |
本研究では、ヒトの聴覚における蝸牛増幅機能のトノトピックな限界が、気導聴力における約20 kHzの上限周波数を決定していることを、骨導という特殊な聴覚を利用して証明するものである。また、ヒトが加齢に伴って罹患する初期の老人性難聴は、この蝸牛増幅機能の、高周波域からの減退を主な要因としていることも、この骨導聴覚によって証明される。これは、一部で通説となっている中耳伝音系の周波数的限界に要因を求める説を明確に否定するものである。 本年度も引き続き、若年者と中年者を対象とし、標準気導聴力検査の実施と、骨導純音刺激による等ラウドネス特性の計測を行い、エビデンスの蓄積に努めた。事実、現時点のデータからも既に、その仮説の正しさが証明されつつある。例えば、若年者の骨導の等ラウドネス特性は、ヒトの聴覚における蝸牛増幅機能の生得的なトノトピシティの限界が、気導聴力の上限周波数と強い相関のあることを明確に示してきた。一方、中年者の骨導の等ラウドネス特性は、加齢と共に進行する気導聴力の高周波域からの低下が、常に骨導ラウドネス曲線の収斂周波数と同調することを明らかにしており、蝸牛増幅機能の加齢に伴う減退あるいは消失が、初期老人性難聴の根本的な要因であることを示唆している。 また、本検査手法の開発において、骨導呈示装置として採用する予定であった村田製作所社製の超音波振動子が生産中止されてしまったことを受け、代替として富士セラミックス社の超音波振動子を採用し、検査装置への適合を図った。その結果、概ね同等の検査精度を維持することが判った。さらに、将来において、超音波振動子の入手困難などの同等の問題発生の可能性を鑑みて、骨導超音波に替わる可聴域の骨導刺激による代替の診断手法の検討にも着手している。 以上により、今後も多くのデータの蓄積に努め、エビデンスの強化を目指していく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
若年の聴取者を対象としたデータの蓄積は少しずつ進んでいる。一方で、中高年の聴取者を対象とした計測の促進が大きな課題となっている。特に、本年度より研究代表者が所属機関(九州大学→東北学院大学)を異動したことに伴って、主要な業務内容が変更になったばかりでなく、これまでの音響および測定機器等の設備や、研究協力者や被験者等の人的資源、また、予算執行にかかる事務処理の仕方など、研究を取り巻く環境の多くが変わってしまった。そのため、改めて研究体制を構築することに、本年度は多くの時間と労力と資金を費やさねばならなかった。例えば、前職で研究分担者と共用していた人工耳(イヤーシミュレータ)等の設備を、今回新たに購入しなければならなくなったのだが、それらが海外の製品であったことから、見積りから納品までに半年以上の期間を要することとなり、その間の研究の進捗は少なからず滞らずにはいられなかった。 また、前職において築いてきた一般人向けの被験者供給システムも利用できなくなったことも障害となった。新たな被験者募集・獲得ルートの開拓およびシステムの構築を目指しているが、現地域の土地柄の所為か、未だに満足な人的ルートの確保が出来ておらず、その改善方法を模索しているところである。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、若年から中高年までの様々な年代の聴取者を対象として、骨導の等ラウドネス特性のデータを蓄積し、初期老人性難聴メカニズムの仮説の実証を進めていく。特に、中年層の被験者データの不足を、新たな人材供給ルートの開拓はもちろんであるが、代替的な手法も用いて解消していく所存である。 特に、中年層は平日に就業している社会人が多いため、実験参加を募ることは基本的に難しいのだが、現在の研究代表者の置かれている環境ではその困難さがより増してしまった。これの打開策の一つとして、平日に比較的時間の余裕があると思われる専業主婦層や、学生などの若年者の中から、既に初期老人性難聴を罹患する群を、聴力検査によって探し出すことにある。そして、それらの群を一般的な中高年層と同等の被験者モデルとして活用するのである。手間がかかるものの、本研究のテーマとしては、こちらの手法の方がより本質に近いであろう。 さらに、より多彩な診断技術の確立を目指し、蝸牛増幅機能の減退が生じたことによる、高周波領域でのピッチ知覚の変質特性を利用した診断手法の開発を、これからも随時進めていく所存である。
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