ヒトの運動の特徴は,環境に合わせてそのパターンを変えていく適応・学習機能にある.近年の研究では環境の変化に対する学習により運動パターンという運動系の動的遷移ばかりでなく,知覚という感覚系にも内的変化が起きることが明らかになった.本研究では,ヒトの平衡を対象として運動系と感覚系の同時学習の数理メカニズムを解明し,ロボットや人間支援機器の制御への応用に繋げることを目的とする. 平衡の運動と知覚に関するヒトの行動を実験時の安全を考え,座位状態で計測する.特別な椅子を製作し,椅子全体の側方向平行移動による慣性力外乱と,座面下ロードセルで計測される圧力中心位置によりロール軸周りに座面を不安定化させる回転外乱の2種類を被験者に与える.外乱方向を選択して被験者に平衡維持の運動学習を行わせると,その前後で左右のどちらにも傾いていないと判断される主観的直立姿勢が側方向に変位することを,実験を通して発見してきた しかし,様々な実験条件を試したところ,主観的直立姿勢の変化が外乱と同方向/逆方向のどちらも観測されてしまった.そこで,運動学習時の被験者の姿勢を解析したところ,学習時に上体が傾いている方向と相関が強いことに気づいた. 本研究での実験設定では,被験者に上体をまっすぐ伸ばして平衡を保つよう指示した場合,右方向の外乱に対して右側に上体が傾く.このケースに限定してヒトの振舞いを記述する数理モデルの構築を行った.ヒトの座位姿勢はベースを含めた3リンク系でモデル化し,平衡維持は反力中心点のフィードバック制御,学習は「主観的直立姿勢は現在平衡を維持している姿勢方向に変化する」という仮説をたてて記述した.その結果,シミュレーションにより,ヒトと同じような主観的直立姿勢の変化を再現できた.また,小型ロボットを作製し現実世界で実験を行い,定性的に同じような主観的直立姿勢変化がえられることを確認した.
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