研究課題
細胞移動を発現する情報処理の本質的特徴を,分子の力学的振る舞いや遺伝子発現といったミクロなレベルから理解するために,以下の研究を実施した。1. 細胞運動に関する生理学的研究: 好中球様白血病細胞 HL-60 が遊走方向をどのように自律的に決めるのかを検討するために、弾性基質上に HL-60 細胞を這わせ、弾性基質を同一の方向に直線的に繰返し伸展させることで、HL-60 細胞は基質の伸展方向に遊走することがわかった。また,ゾウリムシが機械刺激に対して,繊毛打頻度を上昇させることで細胞運動を制御する仕組みを分子生理学的な研究から明らかにした。2. 細胞運動に関する物理学的研究: 細胞内のミクロな物質構造の変化が,細胞の形状の変化及び細胞移動を生み出す仕組みを物理学的に考察するため,分子動力学シミュレーションを用いて,内部の高分子鎖の剛直性や脂質分子との相互作用がベシクルの形状変化に与える影響について解析を始めた。また,今後細胞運動シミュレータを構築するための必要な知見を得るために,ベシクル内部の構造形成の一つとして,修飾シクロデキストリンによる包接化合物形成に関するシミュレーションを行った。3. 遺伝子発現シミュレータ構築: ペトリネットによるシグナル伝達経路のシミュレーションを行うためには、反応速度に対応するトランジション発火時の遅延時間を決める必要がある。この遅延時間の決定のため,生物実験により測定すべき箇所を求めるアルゴリズムを開発した。4. 細胞運動シミュレータ構築: 細胞運動を発現するダイナミクスを検討するため細胞運動シミュレータのプロトタイプを構築した。このプロトタイプは,細胞膜及び細胞膜内で重合することで駆動力を発生するアクチンフィラメントを単純化して表現したものであり,特定の条件下では遊走細胞ケラトサイトのような形状形成が生じることを確認した。
2: おおむね順調に進展している
初年度の目的は,細胞運動の統合シミュレーションモデルのプロトタイプを構築することであった。初年度には単純化した形ではあるがシミュレーションモデルのプロトタイプを構築した。また,今後このモデルをより実際の細胞に近いものにしていくための生理学的知見として, 好中球様白血病細胞の細胞運動の方向がいかに決定されているかを解明するとともに,細胞内物質の変化が細胞形状の変化に至る物理メカニズムの解明,また,シミュレーションモデルに遺伝子発現モデルを導入するための準備も進めた。以上の成果により,初年度はほぼ当初計画通り進んでいると判断する。
1. 細胞運動に関する生理学的研究: 様々な遊走細胞や繊毛運動を行うゾウリムシ等が細胞運動の方向を決定するメカニズムに関して,細胞種によらない普遍的性質は何か,また,その分子メカニズムは何かを生理学的解析により明らかにしていく。2. 細胞運動に関する物理学的研究: 細胞内のミクロな物質構造の変化が細胞の形状の変化及び細胞移動を生み出すような大きな変化を生み出す動力学的プロセスの検討を,分子動力学シミュレーションにより継続して行っていく。また,ベシクル内での秩序構造形成がベシクル形状に及ぼす変化を調べるため,包接化合物による構造形成の研究も引き続き行う。3. 遺伝子発現シミュレータ構築: 粘菌の動きを司る遺伝子の相互作用や,その産物のタンパク質によるシグナル伝達経路のモデル化をハイブリッドペトリネットで行い,シミュレーションを実行することで,その制御機構の働きを明らかにする。4, 細胞運動シミュレータ構築: (1)-(3)の知見を統合することで細胞運動シミュレータの構築を行い,細胞運動を創発する条件を検討する。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (11件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
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