研究課題
造血組織は放射線に対して高感受性であり、急性放射線障害においては造血不全が、晩発性影響においては白血病や骨髄異形成症候群が発症することが危惧される。そのため、従来から造血組織に対する放射線被ばくの影響について精力的な解析がなされて来たが、これらの多くは高線量・高線量率被ばくの造血組織への影響について解析されたものであり、低線量・低線量率被ばくの影響についての知見は未だに乏しい。本研究では低線量率被ばくの造血組織への影響について解析するとともに、分子レベルにまで解析を進め、低線量率被ばくの造血組織への影響を防ぐための基盤理論の確立を目指す。初年度の解析によって低線量率被ばくによっては造血幹細胞に対して特異的に障害が生じることを明らかにした。そこで、本年度は低線量率被ばくが造血幹細胞障害を引き起こす被ばくの閾値の検討を行なった。照射放射線量を20mGy/日に引き下げて5ヶ月間照射すると(累積線量 2.8Gy)、特異的な細胞表面抗原をマーカーとして同定した造血幹細胞数に大きな変化は見られなかったが、長期骨髄再構築能が低下していることから、造血幹細胞障害が引き起こされる閾値は20mGy/日以下であることが解った。次に、低線量率被ばくによって造血幹細胞が特異的に減少する分子基盤について解析した。単一細胞遺伝子発現解析システムBiomark HD システム(Fluidigm)で分化誘導遺伝子群、アポトーシス関連遺伝子群、さらに細胞生存シグナル関連遺伝子群などの発現量を解析し、低線量率被ばくが造血幹細胞の細胞運命に影響を及ぼしていることを明らかにした。また、本年度に明らかにした低線量率被ばくによる障害がヒト造血幹細胞においても同様に生ずるかどうかを明らかにすることを目指して、ヒト造血幹細胞(ヒト臍帯血由来)を移植して造血システムを再構築したヒト化マウスの確立を行った。
2: おおむね順調に進展している
従来、造血組織に対する放射線被ばくの影響は、高線量・高線量率被ばくの影響について解析されたものがほとんどであり、低線量・低線量率被ばくの影響についての知見は乏しかった。しかし、福島原発事故を契機として、低線量率被ばくの生体に対する影響を明らかにすることが急務となった。広島大学原爆放射線医科学研究所においては実験動物を用いて低線量率被ばくの生体に対する影響を解析するための放射線照射設備が完備したことによって本研究を本格的に執り行うことが可能になった。初年度に低線量率での放射線照射が造血幹細胞の数と活性に及ぼす影響を明らかにすることができた。本年度は、造血幹細胞に障害を及ぼす低線量率被ばくの閾値と照射期間の検討、さらにその分子基盤について解析を進めた。その結果、造血幹細胞障害を引き起こす閾値は20mGy/日以下であることが明らかになり、非常に弱い低線量率被ばくでも長期間に渡ると造血幹細胞障害が引き起こされることが解った。さらに、低線量率被ばくが造血幹細胞の細胞運命の決定に影響を及ぼしていることも解った。また、ヒト造血幹細胞(ヒト臍帯血由来)を免疫不全マウスに移植して、造血システムを再構築したヒト化マウスの確立を行った。そこで、来年度には低線量率被ばくが造血幹細胞特異的に障害を引き起こす分子基盤についてさらに詳しい解析を進めるとともに、ヒト化マウスを用いた解析も進めたいと考えている。以上、研究計画は概ね順調に進めることが出来ている。
初年度の研究によって、低線量率被ばくによって造血幹細胞の数と活性にどのような影響がもたらされるかについて明らかにすることができた。そして本年度は低線量率被ばくが造血幹細胞に対して障害を及ぼす際の被ばくの閾値や低線量率被ばくによる造血幹細胞の障害がどのような分子基盤によって引き起こされるかについて解析を進めた。また、このようなマウスでの解析結果がヒトにも当て嵌まるかどうかを検討する目的で、ヒトの造血幹細胞を免疫不全マウスに移植してヒト化マウスを確立した。そこで、今後は、まず本年度までに行った細胞免疫染色法や単一細胞レベルでの遺伝子発現解析法を駆使し、低線量率被ばくのマウス造血幹細胞に対する影響について分子生物学的解析をさらに強力に推進し、低線量率被ばくによる造血幹細胞障害がどのような分子基盤に基づくかについて詳細に解明する。そしてマウスを用いて明らかにしてきた低線量率被ばくの影響がヒト細胞でも同様に観察されるかどうかについて比較検討すべく、本年度に開発したヒト化マウスをモデルとして解析を進める。以上の解析結果を統合することによって、造血幹細胞において低線量率被ばくによって分子レベルでどのような変化が引き起こされているのかを明らかにし、造血幹細胞を低線量率被ばくによる障害から防御するための理論的基盤を構築する。そして、低線量率被ばくによる造血幹細胞障害に対する予防法の開発を実験動物レベルで模索・検討する計画である。
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Nature Communications
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Epigenomes
巻: 1(3) ページ: 22-22
https://doi.org/10.3390/epigenomes1030022
放射線生物研究
巻: 52(4) ページ: 336-349