昨年度までの検討により、メチル水銀に暴露された細胞は、プトレシン合成酵素であるオルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)の酵素活性上昇を介したプトレシンレベルを増加させることでその毒性を軽減していることが明らかとなった。また、プトレシンはメチル水銀によるミトコンドリア傷害を介したアポトーシス誘導を抑制することも見出した。そこで本年度は、プトレシンが示すメチル水銀によるアポトーシス誘導抑制に関わる分子機構を詳細に検討した。 メチル水銀はミトコンドリア膜電位の低下およびミトコンドリアからの活性酸素種産生を促進させたが、これらの変動はプトレシン添加およびODC高発現によって抑制された。Bcl-2はミトコンドリア外壁に存在し、ミトコンドリア傷害に起因するアポトーシス誘導を抑制する。このBcl-2のミトコンドリア画分中レベルはメチル水銀処理によって低下されたが、この低下はプトレシン添加およびODC高発現の条件下でも依然として認められた。一方、細胞質に存在するBax、BakおよびBim はdeath シグナルに応答してミトコンドリアへ移動し傷害を引き起こすことでアポトーシスを誘導する。ミトコンドリア画分中のBax、BakおよびBimのレベルはメチル水銀処理によって増加したが、これらの増加はプトレシン添加およびODC高発現によって抑制された。BaxおよびBakのミトコンドリアへのリクルートにcaspase-8によって切断されたBidが関与することが知られており、メチル水銀処理によってcaspase-8の活性化およびBidの切断が促進されたが、これらもプトレシン添加およびODC高発現によって抑制された。以上のことから、プトレシンはメチル水銀によるcaspase-8の活性化を阻害することでミトコンドリア傷害に起因するアポトーシス誘導を抑制していることが明らかとなった。
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