研究課題/領域番号 |
16H03162
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
神保 泰彦 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 教授 (20372401)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 脳神経疾患 / 細胞・組織 / シグナル伝達 / ナノバイオ |
研究実績の概要 |
即効性抗うつ効果を有する化学物質としてketamineの作用が報告されてから10年以上経過しているが,その副作用ゆえに一般的な治療法にはなっておらず,作用機構の解明と新たな薬理活性物質の探索が課題となっている.計画初年度はketamineが解離性麻酔薬という特殊な性質を有する点に着目し,大脳皮質と海馬に対する作用の差異を調べた.本研究では微細加工技術を利用して1枚の基板上に複数の細胞培養区画を設け,底面に集積化したマイクロ電極を介して神経活動を計測する.細胞外電極を用いる手法ゆえ非侵襲,結果として長時間の活動計測が可能になるため薬理効果の評価に適する.今回は3×4 mmの方形培養区画2つを幅30 um,高さ5 um,長さ750 umのマイクロトンネル8本で連結する3次元マイクロ構造物を製作,培養皿底面に設置した.電極は各区画に32個ずつ配置した.2つの細胞培養区画にラットから採取した大脳皮質,海馬細胞を播種,4週間培養した.大脳皮質領域への電気刺激に対して海馬側,海馬刺激に対して大脳皮質側の活動も誘起され,マイクロトンネル中を伸長した軸索が標的組織の細胞群に対してシナプス結合を形成したことが確認できた.大脳皮質/海馬共培養系に加えてそれぞれを単独培養した試料を調整し,投与するketamineの濃度に依存した自発活動変化を調べた.単独培養の場合,大脳皮質は初期状態から0.1,1,10,100 uM とketamine濃度を上げるに従って活動が低下するのに対し,海馬では10 uMまではわずかではあるが上昇,100 uMになって急激に低下するという結果になった.海馬自発活動の濃度依存性は共培養系でも同様であったが,大脳皮質は共培養系では変化がゆるやかになった.大脳皮質自体の自発発火頻度は低下するが,低濃度領域では活動が上昇する海馬からの入力を受ける影響が重畳したものと考えられる.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ketamineの薬理効果をin vitro系で調べるマイクロデバイスの設計・製作が完了,共培養系を1ヶ月間安定に維持する条件も確立された.基本的にはNMDA受容体にアンタゴニストとして作用する考えられているketamineが解離性という特殊な現象を引き起こす点に注目して大脳皮質細胞群と(辺縁系としての)海馬に対する作用を比較した結果,ある濃度範囲で大脳皮質と海馬の応答が反対の傾向を示すという結果が得られた.大脳皮質の自発活動は抑制されて麻酔効果が発現するが,辺縁系の活動は抑制されないためアンバランスが発生,不安定な状態になると解釈することができ,この現象が抗うつ薬として投与した場合の副作用に関係している可能性がある.今後,濃度依存性に加えて急性,慢性応答について詳細に調べることにより,抗うつ効果と副作用に対応する神経回路活動の全体像が明らかになることが期待できる.
|
今後の研究の推進方策 |
構築した共培養系でketamineの副作用に関係する可能性がある現象が観測されたことから,抗うつ作用解明に向けて以下2つの事項に注力して検討を進める: (1)臨床医療の場ではketamineの静注に対して直後から副作用が発生,数時間後には抗うつ効果に移行することが報告されている.本研究の計測手法が長時間のモニタリングに適するという利点を生かし,投与直後の急性応答に加えて1日程度経過するまで,可能であればさらに長期にわたる慢性応答まで応答変化を連続的に調べることが有効であると考えられる.副作用と抗うつ作用に対応する活動の識別を目指し,計測と解析を進める. (2)NMDA受容体にアンタゴニストとして作用する化学物質は多くの種類があるが,ketamineと類似の作用部位を有する物質としてmemantineが知られている.memantineは抗うつ効果が認められないが副作用もないとされ,アルツハイマー病の治療薬として臨床医療の場で用いられている.ketamineとmemantineについて,(1) と同様の共培養マイクロデバイスで応答を記録,比較することによって,抗うつ作用と副作用それぞれに対応する神経応答やその時間経過を明らかにすることを目指す.
|