2000年に即効性の抗うつ効果を有する化学物質としてketamineの作用に関する報告がなされ,20年近く経過しているが,その副作用(精神異常作用誘起と乱用の危険性)ゆえに一般的な治療法にはなっておらず,作用機構の解明と新たな薬理活性物質の探索が重要な課題となっている. ketamineは基本的にはNMDA受容体に対する拮抗薬であるが,イオンチャネル内部に結合部位が存在するため開孔した受容体に選択的に作用するという特徴がある.本研究ではこの点に注目し,ketamineと類似の結合部位を有するが抗うつ作用,副作用とも認められないmemantine,短期的な抗うつ作用を有することが最近報告されたlanicemine投与の効果を比較した.非侵襲長期電気活動計測をその特徴とする集積化電極アレイ上で実験動物(Wistar rat)から採取した大脳皮質神経細胞を培養した系を用いて薬剤投与に対する応答を計測した.大脳皮質培養神経回路に特徴的な自発活動として知られている周期的なバースト活動が,薬物投与により変化する(1回のバースト活動の持続時間が短くなる)傾向が認められ,その作用は3つの薬物のうちketamine投与に対する応答において最も顕著であった.大脳皮質には興奮性,抑制性のニューロンが含まれ,興奮性ニューロンはさらに様々な発火パターンの細胞に分類できることが知られていることを勘案し,記録された電気活動信号にスパイクソーティングを適用してニューロンごとの活動パターンを調べた.特徴的なスパイク間隔(InterSpike Interval; ISI)パターンを示す細胞群に他と異なる薬理応答が見られるという結果を得た.この細胞種選択的な薬理応答が抗うつ作用,副作用とどのように対応するかを調べることにより,即効性抗うつ効果を生じる機構の解明につながる知見が得られると考えられる.
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