研究課題
膵臓がんは、がん巣が間質で覆われているという特徴により、粒径50nm以上の粒子はがん細胞に到達出来ない。一方、DNAは持続長50nmという剛直性のため、原理的にはそれ以下にできない。本研究では、DNAの剛直性を制御することによって粒径の極小化を図り、間質を通過させ膵臓がん巣で遺伝子を発現させることを目的としている。平成29年度までに、DNAを熱解離させた後に高分子と複合化することで、直径およそ20nmの球状複合体が形成されることを透過型電子顕微鏡(TEM)により確認するとともに、全身投与に必要となる複合体の構造安定化のためのジスルフィド架橋を導入しても、その構造が維持されることを確認した。一方、TEM観察から、球状複合体は平均20nmのなかに大小二つの分布があることが認められた。これは、DNAのセンス鎖とアンチセンス鎖が1つの複合体中に内包された二本鎖複合体と、複合体にセンス鎖とアンチセンス鎖が別々に内包された一本鎖複合体であると推定した。H29年度は、分析用超遠心装置を用い、粒径の異なる複合体の分子量とその存在比率を決定することに取り組んだ。その結果、それらの粒子は推定通り二本鎖複合体と一本鎖複合体であること、および熱処理時間三分によって調整した複合体においてその存在比が1:9であることを確認した。当初、一本鎖複合体の形成は想定していたものの、その存在は高くないと考えていたことからこの結果は予想外であった。さらに、密度勾配遠心の条件検討を進め、2つの複合体を分離、回収できる条件を確立することに成功した。並行して膵臓がんモデルマウスを用意し、生体中における複合体の生物機能の検討を進めた。その結果、全身投与で複合体はがん巣の細胞に広く遺伝子発現させられることを認めるに至り、間質を越えて膵臓がんに遺伝子発現させるという本研究目的の達成見込みを確認した。
2: おおむね順調に進展している
DNAを熱解離することにより、pDNA複合体の粒径を50nm以下とすることを計画通り成功させた。一方、一本鎖複合体の存在が大多数であったことは、想定外であったが、それにより内包するDNAの分子量を半分とすることができるため、粒径をさらに微小化させる結果となった。一本鎖複合体が遺伝子発現させることができるかは大きな関心事であり、今後詳細な研究が必要になるが、少なくとも二本鎖複合体との混合物は培養細胞で遺伝子発現できることを確認し、さらに膵臓がんモデルマウスでもがん巣の細胞に広く遺伝子発現させることを確認している。このように、一本鎖複合体は想定外であったものの、膵臓がん巣の細胞に遺伝子発現させられたことは当初計画したものであり、順調に進展していると判断している。
上述したように、本手法によって作製した極小化複合体は、センス鎖、アンチセンス鎖がともに内包された二本鎖複合体と別々に内包された一本鎖複合体からなっている。細胞実験や、膵臓がんモデルを用いた評価から、これらが共存する複合体は遺伝子発現を示すことが確認されているが、そのどちらが遺伝子発現に寄与しているのかは明らかになっていない。H29 年度の取り組みにより、両者を分離することに成功したことから、H30 年度では、この問に答えを出すことに挑戦する。具体的には、一本鎖複合体、二本鎖複合体それぞれを細胞にトランスフェクションする、マイクロインジェクションを用いて遺伝子発現活性を評価する、あるいはより簡素化したプロセスを見るために無細胞遺伝子発現系を用いることを通じて、一本鎖のDNAから転写は起こるのかを明らかにすることに取り組む。この結果を受け、一本鎖複合体を調整するのがよいのか、二本鎖複合体を調整するのが良いのかを検討する。並行して、疾患モデル動物を用いた極小化複合体の性能評価を進める。H29 年度にがん巣に遺伝子発現させられることをまずは確認したことから、H30 年度は、定量的な実験を行い、確証を得ることを行う。また、間質通過におけるサイズの効果、血中滞留性と体内動態の相関、毒性評価を行う。加えて、がん巣で遺伝子発現できることが確認できたことから、実際の治療戦略の策定を進める。
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