研究課題/領域番号 |
16H03308
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
日下 渉 名古屋大学, 国際開発研究科, 准教授 (80536590)
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研究分担者 |
初鹿野 直美 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 地域研究センター東南アジアII研究グループ, 研究員 (00450536)
伊賀 司 京都大学, 東南アジア地域研究研究所, 特別研究員(PD) (00608185)
宮脇 聡史 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 准教授 (50337771)
今村 真央 山形大学, 人文学部, 准教授 (60748135)
日向 伸介 静岡大学, グローバル企画推進室, 特任助教 (60753689)
青山 薫 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (70536581)
田村 慶子 北九州市立大学, 法学部, 教授 (90197575)
岡本 正明 京都大学, 東南アジア地域研究研究所, 教授 (90372549)
新ヶ江 章友 大阪市立大学, 大学院創造都市研究科, 准教授 (70516682)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 性的マイノリティ / アジア / 政治 |
研究実績の概要 |
アジアでも性的マイノリティの権利拡大をめぐる政治が新たなイシューとして台頭している。ただし、彼らに対する国家の対応は、支援しないが抑圧もしない「黙認」、犯罪化し抑圧する「排除」、教育によって<正常者>に直そうとする「矯正」、性別変更や同性婚の合法化といった「支援」まで多様だ。では、こうした差異はいかに説明できるだろうか。性的マイノリティの権利は権威主義体制下で促進されることもあれば、民主体制下で抑圧されることもあるため、この問題は政治体制や市民社会の自由度からでは説明できない。 この問題を検討すべく、今年度は、学会パネル報告1回、海外ゲストを招聘しての国際会議の主催1回、研究会3回を実施した。その成果として、次の仮説を提示できる。 国家が性的マイノリティの「抑圧・矯正」に向かうのは、彼らが国民国家の正統性を脅かすと捉えるからではないか。すなわち、西洋の国民国家が社会契約というフィクションによって自身を正統化したならば、アジアでは宗教によって結ばれた家族共同体の想像力でもって国民国家統合を正統化した。それゆえ、アジアの国家は、宗教的な家族共同体の想像力に合致しない性的マイノリティを国民国家の敵と認識するのではないだろうか。ただし、保守的なキリスト教とイスラーム教は、それぞれ宗教的家族を想定し、同性愛を生命の創造という神の業に参加しない点で悪とみなす一方で、仏教はもとより反家族的なため、同性愛に寛容な傾向をもつ。逆に、国家が性的マイノリティの「支援」に乗り出す理由として、まず、HIV対策といった公衆衛生によって国民という群れを強化する生政治があろう。次に、非民主的な国家が、体制の正統性を国内外に向けてアピールするための手段にもなろう。そして、同性婚や性別変更の合法化は財源のいらない社会政策で、観光客誘致の経済的効果も狙える新自由主義の戦略にも有効だろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度には、6月25日に日本比較政治学会で「東南アジアにおけるセクシュアリティの比較政治」と題したパネル報告を企画し、代表の日下渉が司会をつとめ、研究分担者の岡本正明がインドネシアの事例について、伊賀司氏がマレーシアの事例について、宮脇聡史がフィリピンの事例について報告を行なった。また9月28日には、東南アジアでLGBT運動と研究を牽引する3名の研究者、すなわちインドネシアからはDede Otemoto氏、マレーシアからはShanon Shah氏、フィリピンからはDanton Remoto氏を招聘して、京都大学で国際会議「LGBT Politics in Asia: Queering the State, Religion, and Family」を主催した。日本の事例研究については、分担者の新ヶ江章友氏が報告した。討論者には、フェミニスト政治理論の専門家である岡野八代氏をお招きした。この国際会議では通訳なしに英語だけで実施したにもかかわらず、全国から60名以上の参加者が集り、報告者、討論者、聴衆の間で積極的な質疑応答が展開され、研究テーマを深めることができた。また、その過程では、多くの研究者、活動家、当事者たちとネットワークを作ることにも成功した。1年目の研究活動としては、十分な水準だと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は、昨年度の国際的なネットワーキングと意見交換で深めた知見をさらに深めるべく各自が担当国や理論面での研究を進める。そして、その成果を国内の学界で報告し、議論をいっそう深めることを目標とする。具体的には、6月24日と25日に一橋大学で開催されるアジア政経学会で、他の研究分担者よりも一歩研究の進んでいる宮脇聡史氏がフィリピンのカトリック教会による性的マイノリティへの政治関与について、田村慶子氏が台湾とシンガポールにおけるLGBT運動の比較研究について、伊賀司氏がマレーシアのLGBT運動について報告を行なう。また秋には、東南アジア学界の地域例会で、今村真央氏と日向伸介氏が東南アジアにおける性の歴史について、それぞれミャンマーとタイに焦点を当てつつ報告を行なう予定である。これは従来のLGBT研究には欧米志向のバイアスが根深くあるという認識に基づいて、アジア土着の文化を歴史的に探求することで新たな知見を掘り出そうとする意欲的な試みである。なお、本科研の成果出版に向けて、各自原稿の草稿を10月の研究会までに仕上げることを決めている。その研究会で、それぞれの草稿について忌憚のない意見交換を行い、成果公開に向けて研究を推進していく予定である。
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