研究課題/領域番号 |
16H03487
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
陶安 あんど 明治大学, 法学部, 専任教授 (80334449)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中国史 / 簡牘学 / 法制史 / 秦漢時代 / 文書行政 / 里耶秦簡 / 嶽麓秦簡 / 帝制中国 |
研究実績の概要 |
成果発表の面では、重要研究成果の『嶽麓秦簡《爲獄等状四種》釋文注釋(修訂本)』については、予定通り模写本を訂正し、且つ更なる文献調査に基づいて拡充を図って定稿を作成した。一旦中国の出版社に提出したが、諸般の事情により、今年6月と予定されていた出版は、延期となった。執筆と訂正の過程において、釈文・注釈・編聯に関わる考証について纏めた「嶽麓書院秦簡《爲獄等状四種》釋文、注釋及編聯商かく」という論考は、内容の増強に伴い四つに分割し、一つは昨年度すでに公表し、他の三つは現在投稿中で、本年中公表される予定となっている。連載中の『爲獄等状四種』の日本語訳注は、前年度に次ぐ事案として事案八を公表した。学界において論争を呼んでいた『爲獄等状四種』の命名については、北京の国際シンポジウムにて発表を行った。関連論考は近く国際学術誌に掲載される予定となっている。 次に、史料整理の面では、本研究の基礎史料である嶽麓秦簡と里耶秦簡については、釈読の制度を向上させるべく、前年度に引き続き字形の画像データを切り抜き、現在約5万の字形サンプルを集めた。また、アジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究課題「簡牘学から日本東洋学の復活の道を探る――中国古代簡牘の横断領域的研究(3)」との共催で、共同史料講読会を七回開催し、主として里耶秦簡(壹)に関わる約300枚の綴合簡牘について形状・様式および文面にわたる多角的検討を行った。さらに、里耶秦簡における糧食支給簡牘を整理し、関連論文を纏めた。 最後に、欧米での研究ネットワークの構築に向けて、シカゴ大学東アジア言語文化研究科を訪問し、ワークショップの開催や史料の共同講読などを行ったほか、中国近世国家における文書行政の運用実態を知る新たな手掛かりとして、19世紀後半現地に滞在し実見を交えつつ同時代人として清朝の国家体制を分析した欧米の研究業績に関する文献調査を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2019年度の研究は、コロナウイルスの影響を受けて、予定していたほどの成果は挙げられなかった。影響は主として次の二つの方面に及んだ。 一つには、摸写本の再検討や修正のためすでに一昨年度から先送りされていた重要研究成果の出版は昨年度もまた実現しなかった。9月6日から9月11日までは、まず北京にて、学界で論争の焦点となっていた『為獄等状四種』の命名に関して、日中韓の六つの研究機関が共催した国際シンポジウムにおいて「嶽麓書院藏秦簡《爲獄等状四種》題名解疑」と題する研究報告を行い、次に上海にて、この研究成果も含めた単著『嶽麓秦簡《爲獄等状四種》釋文注釋(修訂本)』の原稿を、上海古籍出版社の編集者に手渡して2020年3月に校正を行い、6月までに出版する取り決めをしたが、春節を境にコロナウイルス蔓延により編集作業が中断となった。その後、6月上旬に初校の校正ゲラーが届き、現在10月ごろ出版される見込みとなっている。 もう一つには、古代もしくは中世国家から近世国家への移行に伴い中国的文書行政システムが経験した大きな構造的転換を解明すべく、中国の近世国家がヨーロッパの啓蒙思想および近世国家に与えた影響を比較分析し、三権分立や国家公務員試験制度といった鏡像の中から近世国家文書行政の本質的な要素を抽出する方向に研究対象を拡大する計画となっていた。その第一歩として10月20日から11月10日までは、シカゴ大学東アジア言語文化研究科を訪ねたものの、その後引き続きドイツのMax Planck欧州法制史研究所やスペインのOnati国際法社会学研究所等を訪れて、行政における裁量権行使を中心に、古文書学的比較研究を進める予定であったが、この計画は現在一旦頓挫し、本研究の最終年度である2020年度において関連成果がどれほど得られるかは見渡せない状況となっている。
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今後の研究の推進方策 |
上述した進捗状況に鑑み、2020年度は次の三つの方面で研究方向の調整を図る予定である。まず、文書行政に関する研究では、通時代的研究よりも、中国的文書行政と帝制国家の基本的枠組みが形成された秦代に重点を戻す。それは、既存研究や史料へのアクセスの難易度や、最終年度で確実に成果が得られる実現可能性に関する考慮に基づく。とくに、アジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究課題との相乗効果により、里耶秦簡の活用方法の一層の深化と共に、秦帝国の国家や経済活動の基礎である県の運用実態の解明が期待される。 次に、通時代的考察については、欧米との共同研究を通じて啓蒙時代のヨーロッパに与えた影響から中国近世国家の特質を探る展開は短期的には実現可能性が著しく低減したが、昨年度の訪米中、それに代わる視角としては、19世紀において中国に滞在して商業者や政府要員と協力しつつ清朝の法制・財政および経済体制を解析した欧米研究者の研究業績の有用性に気づかされた。それらは、E.H.Parker(1903)、J.Edkins(1905)、G.Jamieson(1905)、H.B.Morse(1908)等の如く、制度の理念と運用の実態とにわたる清朝の国家運営に関する豊富な同時代史料を含んでおり、近世国家の「県止まり」の地方行政(笹川裕史2007等)を当事者と観察者の視点を交差させて立体的に捉える材料を提供する。今年度の明清史研究合宿も全体シンポジウムのテーマを「明清時代の公文書と文書行政」と設定しており、最先端の研究や資料を吸収しつつ清朝の文書行政に取り組む予定であるが、同時に、パンデミックの終息を見て、可能な限り欧米学界との交流を再開する。 最後に、重要研究成果である単著『嶽麓秦簡《爲獄等状四種》釋文注釋(修訂本)』については、校正過程においても、釈読等の推敲を重ねてさらに質の向上に努める予定である。
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