研究課題/領域番号 |
16H03650
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研究機関 | 大阪商業大学 |
研究代表者 |
加藤 慶一郎 大阪商業大学, 総合経営学部, 教授 (60267862)
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研究分担者 |
櫻木 晋一 下関市立大学, 経済学部, 教授 (00259681)
高木 久史 安田女子大学, 文学部, 准教授 (50510252)
千枝 大志 同朋大学, 仏教文化研究所, 非常勤職員 (00609969)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 私札 / 山田羽書 / 平野郷 / 藩札 / 私鋳銭 / 紙幣 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、日本において17世紀に新しい通貨として登場した紙幣について、その初期の展開過程を明らかにすることである。研究史的には、江戸期の紙幣として「藩札」が関心を集めてきた。しかし、先行したのは民間で発行された「私札」であり、藩札登場後も各地で発行・流通が行われたが、これまで十分な検討は行われてこなかった。本研究ではこの私札に重点を置くものである。 本研究課題の基礎に関わる論点に用語の定義問題がある。そもそも藩札の「藩」という言葉は、周知のごとく、明治初年まで公文書での使用事例はない。また「私札」には寺社の発行紙幣も含まれているが、所領をもつ寺社が発行した紙幣を私札とするのは適切か疑問がある。当時の用例を集成してみると、各種の紙幣は兌換貨幣の単位、領主の関与の有無などにより、呼称が定まる傾向が検出された。 地域の事例研究として、本邦紙幣の嚆矢となり、私札の代表的・典型的事例とされる、伊勢地方の私札(山田羽書)を検討した。本研究では、17世紀には、その兌換文言の変遷から信用維持への自助努力が確認されるものの、18世紀に入ると幕府の監督下に入り、指定商人が実務を担う体制に変容し、時勢への対応力が失われていった。 ほかに、摂津地方の在郷町である平野郷町の私札を検討した。当地でも17世紀に既に私札発行があったが、「17世紀後半に幕府貨幣が普及すると私札は衰退した」という通説的見解とは対照的に、当郷町およびその周辺においても18世紀初頭にかけて自由かつ旺盛な発行が見られたことである。 ほかに紙幣の発行・流通の分析視覚を広げる試みとして、一つは岡山藩札の事例に関して、1990年代以降に展開を見た地域社会論の観点からの分析が挙げられる。もう一つは、貨幣考古学の立場から、中近世移行期における西南日本の「私鋳銭」(正規の渡来銭を模造したもの)を、私札の先蹤として把握する意義が見出された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
おおむね順調に進展している。 2018年5月、社会経済史学会全国大会においてパネルディスカッション「日本近世における紙幣の発生と展開―18世紀の私札を中心に―」を組織した。この大会報告に向けて、準備報告会として、同年3月に加藤・高木・藤井の3報告者のほか、研究協力者である古賀康士が「幕末維新期備中における貨幣と地域社会」を報告し、本研究の今後の進展に有効と思われる新しい視点からの研究報告を行った。 社会経済史学会大会当日は、加藤慶一郎「問題提起」および「近世中期の私札ー摂津国平野郷町を中心に―」、高木久史「紙幣を中心にみる近世日本貨幣制度像の再構築」、藤井典子「羽書『取締役』の機能 後期『山田羽書』の事例から」という3報告を実施した。また、千枝大志は「17~18世紀私札の実像に関する覚書~『前期山田羽書』を中心に~」という論題で各報告に対する論評を行った。 上記のように、事例研究については各自の作業は順調に進んでいると言える。他方で、紙幣の科学分析については遅れ気味である。江戸時代の紙幣の原紙と思われるものを入手したが、現物による分析は文化財保護の観点から強い制約があり、その適切な活用方法を検討していく必要がある。海外の日本近世紙幣コレクションの調査については、所在確認が済んだものもあるが、実際に整理に取りかかるまでにはもう少し時間的猶予が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
基本的には、これまで進めてきた各自の事例研究を軸にして、さらにそれらを深化させる方向で考えている。来年度は最終年度であり、論集の刊行を一つの目標に掲げて、各自の作業のより一層の進捗を図りたい。 論集を想定した上で、各自の論考の課題としては、加藤慶一郎は摂津地方という、江戸時代の先進地域における私札の展開を平野郷町を中心に明らかにすることである。高木久史の課題は日本近世紙幣の定義について、「藩札」に象徴されるような、後年の用語に基づいた現行の用語・認識を相対化し、同時代の認識に整合的な定義をさらに探ることである。 そして、私札の典型的・代表的な存在と通説的にはとらえられている、伊勢地方の私札(山田羽書)については、本研究では二人の分担者(千枝大志、藤井典子)が、それぞれ17世紀と18世紀について事例研究を進めている。 千枝大志は、17世紀には強い史料的制約があるため、券面情報に着目してその発行・管理体制の変容をより明確化することをめざしている。18世紀を分析する藤井典子は、寛政期に幕府の管理下に置かれて以降、その実際の担い手の成り立ちや役割を解明することで、幕府の管理の意義と限界の解明が期待される。 上記の個別分析のほかに、櫻木晋一は、千枝大志・高木久史と共に、海外における日本近世紙幣のコレクション調査を継続する。貨幣考古学の立場から櫻木は、紙幣の用紙の科学分析の方法論を追究しながら、他方で出土銭貨の調査・整理を通じて、新たな私鋳銭の発行事情の解明に取り組む。連携研究者の古賀康士は、来年度には研究分担者として本研究課題に参画を求め、作業としては岡山藩池田家の紙幣を軸に、地域経済において、流通の結節点として想定される豪農と紙幣との関りに関して実証を行う予定である。
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